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17歩 命

翌日、おめかしをしたレフとライが孤児院の応接室に入って行った。室内には院長のほかに偉い貴族の夫婦と関係者がいるらしい。


興味のある子どもたちは、仕事の隙を見て応接室が見える通路の角から様子をうかがっていた。

わたしもその一人。二人にはよくしてもらったからやっぱり気になる。セーリオは真面目に自分の持ち場に行ってた。


ガチャリと扉が開いて二人が出てきた。ライは上品そうな老婦人に手を繋がれて。レフは老紳士に頭を撫でられながら。

老人を見上げる二人の笑顔がとても輝いていた。


二人の視線がこちらに向いた。ニコリとした笑顔が遠くに感じる。そして視線を老夫婦に戻す。とても可愛らしく天真爛漫な笑顔で。

孤児院の玄関から振り返ることなく出ていった。


「行っちゃったね」

「二人とも幸せになれるといいな」

「わたしもがんばる!」

「そうだなあ。貴族は無理でもやりたい仕事ができるといいなあ」


通路の角で隠れ見ていた子どもたちがそれぞれ自分の持ち場に戻って行った。

残ったわたし一人だけ、玄関に向かう。扉を少しだけ開けて外の様子を覗いた。

二人が馬車に乗り込んでいた。

院長が一人、お辞儀をして馬車が去るのを待っていた。


これで二人とお別れなんだ。きっと再会することはないんだろう。

再会できない。そう思うと涙が出てくる。

ルプスお母さま。ピスィカ。トゥリック。クッカ。みんな。

また……会いたいよ。

会えないかな。

ボロボロと涙が止まらない。止まらないよ。


「アーヤさん」

「わふ!?」


心臓が止まるかと思った。扉の隙間からわたしの目線で屈むフォンセがいてびっくりした。

いつの間に目の前にいたの?

悲しい気持ちで二人を見送っていたからって全然気配に気づかないなんて。前から思っていたけどこの人なんかおかしい。


「アーヤさん? 今日から特別レッスンということでしたよね? 院長室で待っているようにとのお約束でしたが?」


「……アーヤも見送りたかっ……た。もう……会えない……から」


素直な気持ちを伝えた。


「そうですか。そうですね。仲の良い二人と会えることはもうないでしょうからね。その気持ちはよく分かりますよ。ですからね。なおさらアーヤさんも自身でできることをがんばりましょうね?」


頬を伝うわたしの涙をハンカチで拭いてくれた。いつもと同じようにおっとりと優しく話すフォンセもいい人なのかもしれない。こくりと頷く。


「ふふ。いい子ね。それでは院長室へ参りましょう」


先を行くフォンセのあとをついて部屋に入った。部屋には院長が使う質素な机と、テーブルに椅子が四つある。

椅子に座るように言われたので向かいに座る。


「約束事があります」

「わふ?」

「そのお返事の仕方はやめましょうね?」

「は……い」


「特別レッスンの内容とその後に起こることを誰にも話してはなりません。それが約束できなければこのお話はなしです。具体的なことはアーヤさんが特別レッスンを受けることを決めてからになります。その代わり、あなたの望みを叶えるお手伝いをいたします」

「アーヤの望……み?」


わたしの望みはもちろんある。ルプスお母さまの仇討ち。ピスィカを探すこと。トゥリックにクッカたち妖精に会うこと。

一番はピスィカを探すことがいいのかもしれない。悪い人族に捕まっているのだとしたら、もう森にはいないかもしれない。ううん。きっと人族の住む場所に連れて行かれてる。だとしたら助け出したい。きっと生きていると信じて。

そのためには手がかりを見つけないといけないんだ。


「お友だちを探したいのでしょう? それにお母様の仇を討ちたいのですよね?」


びっくりして目を見開いた。なんで知ってるの?

……そうか。きっと。


「おじ……さんに聞いた?」

「ええ。全部」


姿勢を正して両手を胸に抱えるフォンセが穏やかに微笑んでる。

特別レッスンを受けることはいいと思う。だけどその後に起こることって? 


「な……にを手伝ってく……れるの?」

「どうやって仇討ちをするのですか?」


聞いたのに聞き返された。穏やかだけれども凍りついたような笑顔が怖い。

うん。ほんとは分かってる。

巨大な怪物を睨んだだけで追い返すルプスお母さまを殺した敵。わたしなんかが勝てるわけないことを。

いくら強い気持ちがあっても力がなければどうにもならないことを。


「なに……すればいい」

「それではこのお話を進めるということでよろしいでしょうか?」


微笑み。笑ってるけど笑ってない。まるで天真爛漫さを身につける前のライの笑顔みたいだった。張り付いた笑顔。

でもそんなことは細かいことだよね?

だってわたしは……。


ライとレフとセーリオとの夜の時間を思い出していた。


『ライはね。教養もダンスも身につけていいところのお嬢様になるためにがんばってるの』

『俺はもちろん商会に就職して商売で成功したいんだ! それで商会長みたいに偉くなる! そんでさ! 俺たちみたいに恵まれない子どもをいっぱい育てて雇うんだ!』


レフとライは自分のやりたい夢がしっかりはっきり決まってた。そのために毎日、自分に合った仕事を選んで一生懸命に働いていた。


『わたしは……小さな幸せでいいから……その……お嫁さんになれたらいいな』


言わなくても知ってる。セーリオはおじさんのつがいになりたいんだよね。


『アーヤは? ライみたいにお嬢様になろうよ!』

『ええー。アーヤって読み書き計算が得意じゃん。俺の右腕になって一緒に商売をした方がいいに決まってる!』


『『アーヤ! どっち!?』』


どっちもわたしは選ばないんだよ?


『そうねえ。わたしたち孤児は普通に生きていくだけでも大変なんだから。アーヤはいろいろ得意よね。自分のやりたいことを見つけられたら素敵よね。アーヤの生きる道は慌てて決めなくてもいいんじゃない?』


わたしの生きる道。

それはもう決めてある。

あの日に誓ったこと。

だから……。


フォンセの優しい瞳を見据えた。


「約束する。誓いは守る」


心の底からの言葉は途切れることなくはっきりと宣言できた。

そうだよ。誓いは必ず果たす。絶対に果たしてみせる。たとえ一生をかけても。

グッと顎を噛み締めてフォンセを睨む勢いで見詰めた。


「よろしいです。そのためにアーヤさんの特技を伸ばしましょう」


とても満足そうに微笑むフォンセが両肘をテーブルに乗せて組んだ両手に顎をのせてる。


「特……技?」


「そうです。野生の獣としての鋭い感覚。運動能力。精神力。どれをとっても普通の子どもでは得られない希少な原石のようです。黄玉トパーズのように輝くあなたの瞳のように磨きあげましょう」


この金色の瞳は妖精女王様の力でルプスお母さまから譲り受けたものだと思ってる。もしもわたしに普通じゃないような力があるなら手に入れたい。そうすればきっと。


「悩むことはありません。アーヤさんはおそらく7歳前後。これから毎日適した訓練をすれば、必ずアーヤさんの希望が叶うようなときがくるでしょう。わたくしたちはしっかりお手伝いをするのでアーヤさんもわたくしたちのお願いを必ず聞いてくださいね?」


ここにこなければいろんなことを知らなかった。みんなのように生きるために努力すること。わたしの生きる道を選ぶのはわたし。だけどそのためには差し出さないといけないことだってあるんだ。わたしがすべきことが決まった。


「……分かった」


視線を外すことなく答えた。


「さっそくですが契約を行なっていただきます。わたくしたちはアーヤさんをお手伝いをします。アーヤさんはその代わりにわたくしたちを手伝っていただきます。よろしいですか?」

「う……ん」


こくりと頷いた。だけど契約? それはもしかして危なくない?

だけど危ないことを感じるような気持ちはフォンセから伝わってこない。

無意識に眉をひそめて口を尖らせていた。


「ご心配ですか? ご心配なさらずとも奴隷契約のようなものではありません。一点を除いて一般的な商契約に近いものです。ですが少々説明は必要ですね。分からない単語があれば質問してください。よろしいですか?」


「お……願い」

「分かりました」


院長の事務机に用意されていた契約書が目の前に置かれた。向かい合って説明が始まった。難しい。けど理解はできる。分からない言葉もきちんと聞いた。お金に関わるようなことや細かい罰則はない。

交わした約束を必ず履行することとある。つまりお互いを必ず手伝うこと。

そして、手伝うということについて債務不履行が起きたときの重大な罰則があった。


「命」


一言をのせてフォンセに視線を向けた。


「いい目をしてますね。お互いの命をかけて契約を履行します。問題はなさそうですね」

「うん……ない」


怖い思いをすることは嫌だ。だけど不思議と死ぬという罰則に恐怖を感じなかった。

一番怖いのはわたしの誓いが果たせないこと。その思いが消えてしまうこと。

だから。命を賭けるくらいがちょうどいい。


「ここ」


契約者の名義を記した場所に指を差した。わたしの名前はまだ書いてない。だけど相手の名称が書かれてる。個人の名前じゃない。


「そうです。アーヤさんと契約するのはわたくしではありません。わたくしはあくまでも組織の一員。契約の立会人は組織の長にお願いをいたします。ティオ、そろそろ顔を出してはいかがですか?」


え? おじさん?

誰かの依頼を受けて旅に出ていたんじゃないの?


「普通の子どもなら平凡な仕事に就くもんだが、やっぱりここまできちまったな。最初に思った通りだ」


なにもないはずの壁が開いた。眉をしかめて青い髭をさするおじさんが壁に手をかけて立っていた。髭がまた伸びてるし。


「おじ……さん?」

「いいかげん、おじさんはやめてくれないか? 俺はこれでもおばさんフォンセより若いんだぜ? ぐあ!?」


蓋が閉まったままのインク壺がおじさんの額に当たってた。かなりの勢いで。


「嘘はダメです。わたくしの方がよほど若いですから」


あ。こんなフォンセを見るのは初めてかも。すっごい怒っている気持ちがあふれてる。


「俺よりよっぽど老けたこと言うくせに……スローイングナイフを三本も太ももから出すな! かまえるな! 投げるな!」


おじさんの青い髭を刈るくらいの感じで飛んでったナイフが壁に刺さってる。三本。壁をよく見ると刺し傷がほかにもいっぱいあるような。

わたしの目が点になる思いだったよ。


「えと……どういう?」


聞いてみたけど答えが返ってこなかった。


「俺の威厳がなくなるからやめてほしいんだが!?」

「最初からありましたか?」


「フォンセがいじわる! それじゃあ。少しは威厳を出すとするか」


おじさんが院長の事務机に腰をどかっと乗せた。


「アーヤ」


痛い。わたしを名指しする声と視線が痛く感じるほどだった。

これは殺気だ。森の怪物たちがここぞとばかりに放つ殺気とは違う。冷たく鋭く尖った刃を全身に向けられたような殺気。


怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

孤児院にいてずっと忘れていた恐怖心を久しぶりに感じてしまった。


「あ、あの……」


「恐怖を感じられるのはいいことだ。フォンセは大した精神力って言ってたがまだまだ。だがいまは気にするな。俺の名は知っての通りティオ・パトルウス。だがそれはまた違う偽名でな」


「偽……名?」


「俺の通り名は青のラズワルド。辺境の城塞都市フォルテ支部の長をやってる。組織の名は<プラント>。世界に枝葉を伸ばす裏ギルドさ。お前は俺たちの家族になれ」


また長くなっている青い髭をさするおじさん。


「家族……」


ルプスお母さまとは違う家族ができる。

そう思ったら自然と頷いていた。


「今日からお前は裏ギルド<プラント>のファミリーだ」


おじさんの橙色の瞳がいたずらっぽく笑ってる。


そして。五年の年が流れる。

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