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18/50

18歩 成長

「おはー。げ。夕ごはん食べたくないー」


「おは……ようってもうすぐ夜だよ。チェーン。しっかり起きて朝も昼もごはんは食……べないとダメだよ?」


食堂で夕食を食べているわたしの隣に、明るいオレンジの長髪を櫛でとかしながら座るチェーンに声をかけた。卓上鏡をテーブルに置いて覗き込んで、虎目石タイガーアイのように輝く瞳が鏡に映る自分と睨めっこしてる。

スラリと手足の長い女の子。そばかすがとっても可愛い。この子は朝も昼も仕事をしないで寝てばかりいる。

この子の感じが猫のようでピスィカを思い出すことがある。


「分かってるけどー。昼は苦手なのー。ニガウリは嫌いなのー」


ブーっと音を鳴らしながらしかめっ面をしている。


「あはは。アーヤも苦……いのは好きじゃないよ」

「わお。アーヤが今日も笑ってるー! 可愛いー!」

「そ……うかな?」

「うん! あんまり可愛いから編み編みしてあげるー」


わたしの後ろに立つチェーン。金色の髪をグイグイと櫛で引っ張られて口に運ぼうとしていたスプーンから中身がこぼれた。


「わわ。ま……だごはんの途中だよ」


おしゃれが大好きなチェーンは化粧や髪のセットが得意な女の子だ。将来はお城のお抱えの美容師とか貴族相手のドレスやアクセサリーのデザインをしたりしたいとか言ってる。

おしゃれ好き妖精のクッカを思い出す。


みんな得手不得手があるから必ずしも孤児院の仕事を同じようにするわけじゃないんだよね。チェーンは自分のしたいこと以外は絶対にしない子だ。

完全な夜型で明け方まであれこれ勉強してるらしいけど部屋は別だから細かいことは知らない。


「……アーヤ。すっかり話し方が上手になったな。いろいろ教えた甲斐があったよ」


向かいの席で朝食を食べている一番年長の男子ラーンが驚いてる。レフがいなくなってから、わたしの勉強を一番みてくれる責任感が強い子。ヒョロっと細い体型で背が高い。事務仕事が得意な代わりに体を使うのは苦手にしてる。


「そ……うかな? まだ訛っ……てるでしょ?」


それにたどたどしく話してしまうのも。幼いころに身についたクセはなかなか離れない。

だけど……自分の話している感じでルプスお母さまを身近に感じられるのがうれしくて誇らしい。


「ああ。少しだけな。背も伸びたし髪も伸びたしだいぶ成長したよな。五年前とは大違いだ」


伸びたって言っても身長はそこまでじゃない。代わりに髪の毛がすごい伸びた。前みたいに足首まである長さになった。


この五年で孤児院を卒院した子もいれば入院した子もいる。

卒院した子の行先はいろいろ。レフやライのようにいいところに行く子もいれば、都の宿屋や食事処に住み込みで働くような子もいる。いろいろ。


「愛想もなくてぶっきらぼうで笑わなかったしな」

「あはは。あのこ……ろはそうだったね」


笑うことも話すこともほかの子どもたちと変わらないくらいにできるようになってる。


「それにスプーンやナイフにフォークもちゃんと使えるようになったよな。女の子のくせにしばらく犬食いだったのにいまじゃお嬢様みたいにマナーが良くなってるし」


横からツンツンとした赤髪の男の子が声をかけてきた。背が低いけど鍛えられた筋肉のせいか大きく見える。イタズラっぽい愛嬌のある笑顔をする子だ。

この一言で顔が真っ赤っかになった。人族の常識を覚えて前世の経験を思い出して犬みたいに食べていた自分がとっても恥ずかしい。狼だけど。


「ボルド、や……めてよー。思い出すと恥ずかしい……んだから。ほんとにもう。恥ず……かしいなあ」


もうほんとに恥ずかしくて恥ずかしくて。熱いほっぺたを両手で押さえてプルンプルン体を揺さぶってた。


「……いやその」

「くそ」


あれ? なんで目を逸らすの? わたしなにかした?


「ラーン? ボルド? 二……人ともどうしたの?」

「「なんでもない」」


「やっばー。アーヤ、分かんないのー? 男二人が色気づいてるのー」

「色……気? え?」


のけぞって背中にいるチェーンの顔を見てみるとニヤニヤと笑ってる。なんでそんな顔してるの? どういうこと?


「ちょ!」

「お前!」


「アーヤが可愛くてー。好き好きーってことだよー」

「ええ!? え……と。いやその。ごめん……なさい」


「もしかして告る前に振られた!?」

「チェーン! お前ひどすぎるだろ!?」


男子二人がチェーンを見てありえないって顔してる。


「アーヤのこと好……きなの?」


小首を傾げて聞いてみた。


「いやまあその……」


真っ赤になって言葉にできない真面目なラーン。


「俺は告白するぞ! 俺はアーヤが好きだ! 大好きだ!」


ツンツンの赤髪くらいにお顔が真っ赤なボルド。


「ふーん。アーヤも好……きだよ? 友だち」

「いや。そういうんじゃないけど?」


ボルドががっくりしてる。


「あははー。早いうちに振られてよかったねー。でもさ? 12歳のアーヤの気持ちがどうなるか分かんないじゃーん」


わたしの年齢は一応決まって、いまは12歳ということになっている。年齢の割には背が低いから11歳かも?


「いや。ないか……らね? 特にラーンはアーヤと歳が離……れてるし」

「アーヤ残酷ー。ラーンがアーヤにつきっきりでお昼休憩を捧げたのは好き好きだったからなのにー。ベッドの中で女の子たちが噂してたの聞いたよー」

「え!? そうだったの!?」


ラーンを見たら両手で顔を隠してた。耳たぶ真っ赤っか。


「いい……もうそれ以上言わなくていい」

「うわあ。トドメ刺されたわあ。ラーンかわいそ。俺もだけど!」


チェーンは13歳。ラーンは16歳。ボルドは14歳。ということになってる。みんな自分のほんとの年齢を知らない。


「ごめんね?」


首をかしげて聞いてみた。


「いいよ。こっちの勝手だし。それより時間だ。アーヤ行こう」

「うん」


ボルドの呼びかけで立ちあがろうとしたけど。肩を押さえられて立てなかった。


「ちょっと待ってー。もうすぐ編み編み終わるからー。できたー♪ ほらほら。鏡見てー」

「うわ。可愛い。あり……がとう」


頭の横で括られて揺れる金の髪。セーリオにもらった妖精の羽飾りが煌めいてる。わたしの二つ目の宝物。

ついつい手を運んで触ってしまう。

一つ目は首にぶら下がる光る石。あのころ着ていた毛皮は大事にしまってある。


「セーリオ、元気にしてるよねー」


わたしの仕草でチェーンがにっこりしてる。


「……うん」


わたしの世話をたくさん焼いてくれたセーリオはもういない。卒院してしまったから。レフやライと同じで突然のことだった。行先は秘密で誰も知らない。最後の別れもできずに辛くて辛くてとても泣いてしまった。

わたしはみんなと別れてばかりだ。


セーリオとの日々を思い出すと懐かしい。

ある日のことを思い出した。


ロウソクの火が消えて、月明かりがほんのりと窓から差し込む真夜中。レフとライが静かに寝息を立てている。


『どうしたの? アーヤ? なにがそんなに悲しいの?』


セーリオが毛布を少し持ち上げて覗き込んでいた。わたしがベッドの上で毛布にくるまって泣いていたから。


『み……ん……なに会い……たいの』


ポロポロと止まらない涙のせいでうまく話せない。ヴァイゼ孤児院に入院してまだ日が浅いわたしは不安な思いを抱えて毎日を過ごしていた。


『みんな? お父さん? お母さん?』


セーリオの問いかけに視線を合わせた。


『ルプスお母さま……トゥリックに……ピスィカ……会いたいよう』


目をぎゅっと閉じて願いを言った。叶わない願い。叶えたい願い。辛くて寂しい。


『わたしに話してくれる?』


優しく微笑むセーリオがわたしの中にあるいろんなことを受け止めてくれそうで話した。

泣きながらでうまく話せなかったけど。


ルプスお母さまに拾われて狼として森で育ったこと。トゥリックやクッカたち妖精郷のこと。友だちのピスィカとのこと。あの日に起きた悲しいこと。

話しながら妖精の羽のような髪飾りにずっと触れていた。


『辛かったね。悲しいね。悔しいね。アーヤ。わたしも分かるよ。その気持ち。家族に会いたいよ……わたしも』


わたしの横で寝転がって顔を合わせるセーリオの瞳が涙で揺れていた。


『セーリオも?』

『うん。わたしもひとりぼっちになったから。だけどね? わたしとアーヤだけじゃないんだよ。ここにいるみんなはいろんな過去を抱えてるの』


『レフもライも?』

『そうだよ。みんな話さないだけ。いい? 狼に妖精のこと。その話は誰にも話さない方がいい。どこでなにに繋がっているか分からないから』


セーリオの声と瞳がとても真剣だった。


『おじ……さんに話……しちゃった』


そうか。ルプスお母さまを殺した奴らは絶対に悪い奴。それならこの話を誰かにするとわたしのことを知られてしまうこともあるかも? それなら知られたらいけないに決まってる。そう思うと不安で心臓がおかしくなりそう。


『ティオならきっと大丈夫。絶対力になってくれるから!』


わたしの両肩をガシッと力いっぱい押さえてから頭をなでなでしてくれた。


『セーリオ。おじさ……んのこと好き』

『違っ!? くぅ。……うん。好き……』


真っ赤っかに顔を染めるセーリオがひたすら可愛い。ずっとバレバレなのに本人はきっとそうだと思ってないよね?


『そ、それはいいから! そっか。アーヤは妖精と縁があるんだね。……わたしとアーヤが出会ったのもなにかの繋がりがあるのかも』


セーリオが口元に手を当ててなにかを考えてる。


『繋が……り?』

『うん。妖精って言ってもいろいろいるらしいけどね。森の小妖精は導きの存在とも言われてるの。アーヤ。わたしの知っている妖精魔法を教えてあげる。わたしもアーヤの力になってあげたいから』


『アーヤ。な……にもあげ……られない』


もらうからにはなにかお返しをしたい。だけどわたしは教えてあげられるようなものをなにも持ってない。匂いの嗅ぎ分け方くらい?


『いいんだよ。わたしがそうしたいだけなんだから。わたしもいつまで孤児院にいられるか分からないし。今日から毎晩、レフとライが寝たら教えてあげる。寝不足にならないようにね』


『セーリオ。ルプスお母さま……みたい』

『あはは。お母さんになるのはまだ早いからお姉ちゃんがいいかな』

「セーリオ……お姉……ちゃん』

『うん! アーヤはわたしの可愛い妹だよ!』


そうして、いくつかの妖精魔法と妖精のことを教えてもらった。孤児院でセーリオお姉ちゃんとみんなと楽しく過ごすうちに月日が経ったんだ。


「アーヤ! ほら! 早く行こうって!」

「あ。うん」


ボルドの声で我に返った。


「アーヤもボルドも夜のお仕事がんばってねー」

「行ってく……る」


夕食の一口目に口をつけたチェーンに見送られながら食堂を出た。

チェーンたちは知らない。わたしとボルドがどこに行くかを。孤児院の労働研修で普通に働きに行ってると思ってる。


だけど、わたしたちがこれから向かうのは。

暗殺教室だ。









〜第二章 辺境の都 完〜

続 第三章 暗殺教室

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