16歩 吉報
「きゅ!」
目の前に迫ってきた四つ足の獣がわたしたちがいることに気がついて直角に曲がって逃げていく。
大きくもないけど小さすぎもしない獣。イタチとモモンガとウサギを足したような小動物だった。長くて丸い大きな耳をゆらゆらはためかせてる。
「逃がさないで! 薬草を食べて悪さするんだよ!」
逃げた方へと向きを変えて追いかける男の子たち。
「悪さ……。悪いことはダメ。許さ……ない」
そうだよ。悪いことはダメ。ルプスお母さまやみんなにした悪いことを絶対に許すわけにはいかないんだから。
「アーヤ! 危ないからやめた方がいいよ!」
セーリオがわたしを止めようと肩に手をかける。振り返ったらセーリオが心配そうな顔で怖がってた。そうだよね。どんな小さな獣でも獣は獣。ビリビリスみたいに危険なことだってあるし。
だから男の子たちの行動はあんまりよくないかも知れない。
いつものわたしだったら怖い気持ちが強くなってセーリオの背中に隠れていたかも。ルプスお母さまのお腹の下に隠れるように。
だけど悪さと聞いて心の中は許せない思いでいっぱいになっていた。
セーリオの手をそっと離す。
「ダメ。捕まえ……る」
「アーヤ!?」
四つん這いになって駆けた。薬草を踏まないようにしながら。みんなが大事にしている葉っぱを荒らすわけにはいかない。
「がるっ!」
右に左に逃げる獣を追う。不規則に駆け回る獣の動きは予測できない。小動物の足は瞬発的にとても速い。狼の脚力でもなかなか追いつけたりしない。
だけど、ルプスお母さまに教わった狩りのスキルがわたしにはある。
ピスィカと一緒にいっぱい狩りをしたんだから。
「がううううう!」
獣装変化! 狼の影!
わたしの影から分離した狼の影が地面を疾走する。薬草の根本を疾る影はみんなからはきっと見えていない。
だけど敏感な獣は違う。もう見つかってるから気配を殺してもあんまり意味がない。狼の影に気づかれないようにわたしが囮になるように追い立てる。逃げる行く先を狭くして狙った方向に走らせる。
唸り声で威嚇しながら大地を蹴って先回りしようとするけど、捕まるもんかと必死で逃げられる。でもね? 逃げた先には罠があるんだよ?
疾走していた狼の影がイタチモモンガウサギ?の影に咬みつくと地面にびたんと転んだ。
いまのうち!
追いついたわたしはイタチモモンガウサギ?の首根っこを押さえて捕まえることに成功した。
「嘘。捕まえちゃった。アーヤすごい!」
セーリオがパチパチと手を叩いてぴょんぴょんと跳ねてる。
「やった!」
「トビウチワミミじゃんか」
「こいつどうする?」
「逃すわけにはいかないぞ!」
「いままでいっぱい薬草園を荒らした奴だからな」
「肉にしちゃうか?」
ふーん。そんな名前なんだ。森では見たことのない初めての獣だった。
男の子たちが集まってきてトビウチワミミを睨みつけてる。
お肉にしたらおいしそう。じゅるりとしちゃう。
じゅるり。
「きゅうきゅう!?」
わたしの胸の中で鳴きわめいてる。言葉が分かる。んー。お肉にするわけにはいかないよね?
「がるがる」
「きゅう」
「がる?」
「きゅ!」
そっか。分かった。みんなに話してみるね?
「アーヤ?」
みんながわたしを不思議そうに見てた。
「この……子。もう悪さし……ない。葉っぱに悪さをす……る虫を食べる代わりにここにい……させてあげて」
この子は葉っぱにつく虫を食べるためにここに訪れていた。葉っぱのことなんて知らないこの子は虫を食べるために葉っぱを抜いてしまったりしていたんだ。
「えー。ほんとか? そんなの信じてまた悪さでもされたらたまんないぞ!」
不満の声をあげる男の子たち。
「見て。がう。がる。がううう」
わたしの唸り声でくるくる回ったり、ゴロンとお腹を見せたりするトビウチワミミ。
「きゃあ! 可愛い!」
「マジか」
「くそかわ」
「お前、獣と話せるのか?」
「う……ん」
「ほんとに犬みたいだな」
「がる!」
犬じゃない! 狼!
「この子、孤児院の仲間にしようよ! きっといろいろ言うこと聞いてくれるよ!」
「がる」
「きゅう!」
伝えたら喜んでる。わたしの頭の上に飛び乗った後に、みんなの頭の上を順々に飛び渡ってる。みんなも笑ってる。
仲良くなれてよかった。
「んー。この子の名前はロップでいいかな?」
セーリオの一言で決定した。
それからは薬草園の番をする害虫対策班のエースになった。イモムシとかをパクパク食べてくれる。おかげできれいな葉っぱをたくさん収穫できる。
仕事や勉強をうまくできなくて泣いてる子どもを慰めることもするとってもいい子で、あっという間にみんなに可愛がられるようになった。
だけど、わたしが薬草係の仕事をしに行くときはいつも付きまとわれて困った。助けてもらってうれしいんだろうけどね。
薬草を収穫するときも、仕分けをするときも。
調合室までついてくる。
「毛が入……るからおとなしく待ってないとダ……メ」
「きゅ」
ピシッと気をつけをしてからちょこんとお座りした。
「あはは。ほんとにアーヤの言うことはなんでも聞くんだね。人の言葉もだいぶ覚えたし、みんなの言うことを聞いてロップはいい子だね」
セーリオに撫でられるロップが「きゅう」っとうれしそうに体を擦り寄せてる。
乾燥した薬草を細かくするための薬研に入れてゴリゴリする。続いて固い根っこもナイフで細かく刻んでからゴリゴリ。木の実の種も細かく砕いてからゴリゴリ。
それぞれを秤にかけて量を確認。適量をすり潰すための乳鉢に入れて乳棒でゴリゴリ。
ゴリゴリゴリゴリ。
ゴリゴリスリスリ。
スリスリスリスリ。
とっても細かいサラサラこな粉ができた。
道具の使い方も薬草をどんな風にしたらいいかもセーリオや調合係の子どもたちにいろいろと教わってる。
「セーリオ。こ……れとこれ。それにこ……れ。組み合わせてみ……た」
「え? そんな組み合わせなんて初めて見たよ?」
セーリオがとってもびっくりしてる。
「お母様に教わっ……たの。薬の調合の仕……方をセーリオがいっぱい教えてくれたから……できた」
「あはは。アーヤは教えがいがあるからね。とってもお利口さんに真面目にできるし」
「そ、そう……かな? うふふ」
褒めてもらえるとうれしくてもじもじしちゃう。
「そうだよ。だけど、効能がちゃんとあるか、副作用がないか、魔法で鑑定してもらおうね」
「魔……法?」
「うん。薬師さんのところにいる魔法使いのおばあちゃんに頼んでるの。人の体で試すよりも早いし安心だからね。お金はちょっとかかるけどさ」
「ふーん」
そうして返ってきた薬の結果はいいものだった。
一回分を薬包紙で包む。たくさんできたら薬袋に入れて完了。少し安い金額だけどまとめて買ってもらえた。
「アーヤが薬師になったらたくさんの人が喜ぶと思うよ!」
そんな風にみんなに言われた。
アーヤ印のお薬で助かる人がいっぱいいると後で聞いた。
新しい薬の誕生にみんなが喜んでくれてうれしい。うれしい気持ちが顔に出てしまうとみんなもにっこりしてくれる。
毎日毎日。いろんなことを教わりながら。みんなでおいしいごはんを食べて。相部屋のみんなとお勉強して。子どもたちとたくさんおしゃべりして。
忙しいけども、のんびりゆっくりした孤児院の生活。
楽しいという感情が大きくなっていく。
だけど。
夜になると暗い暗いなにかが天井にいることにふと気づく。
ベッドに寝転がって暗い闇を見ていると思う。
心にくすぶる想いが消えることは絶対にない。
あの日のことは忘れない。
黒い涙が枯れることは、絶対にないんだ。
そうして穏やかな日々が過ぎていく。
「アーヤったらほんとにいろいろできるようになったわ。びっくり」
夜になっていつもの通り、自分の相部屋にいる。セーリオに双子の男女レフ、ライと四人でそれぞれ自分のやりたいことをしながら話をしてる。
「ほんとだよ! 俺だってがんばってたのにあっという間に追いつかれそう! 俺、商会で働けるように負けないからな!」
「勝ち負けなんて気にしないでよくない? ライはアーヤとおままごとするの好きだよ」
「ライ……はお嬢……様みたいにすごい」
「えへへ。ライはどこかのご令嬢になれるかな? お姫様みたいになれたらいいなあ」
「ライは可……愛い。きっとな……れるよ」
「褒めてくれるのはうれしい。けどさ。アーヤがライにもっと自然に笑った方がいいって教えてくれたでしょ?」
ライとのおままごとで感じたことを話したことがある。ライの笑顔はトゥリックたちに比べると自然な笑顔じゃなかったから。
「アーヤももうちょっと笑ってくれるとうれしいなあ。それに早く上手にお話しできるようになるといいね。そしたらアーヤだって貴族の養子になれるかもよ?」
「ごめ……ん」
貴族の養子なんかならなくていい。
だって。わたしは早くここから出ていきたいだけ。わたしの願いはあの日に決めた誓いを果たすこと。楽しい日々で忘れてはいけないこと。
あの日を思い出すと、怒りと憎しみで心が黒くなる。
「おじさん……またいないし」
あのおじさん、ここにくればなにか分かるかも知れないって言ってたのに全然なにも分からない。
だからおじさんに詰め寄ったことがある。
『アーヤ、もうこ……こから出ていきたい! アーヤにはやりた……いことがある!』
『家に帰ることだろ? 場所が分からないと……』
『そ……うじゃない! アーヤ! お母様の仇を討ち……たい!』
『仇? 初めて聞いたぞ。どういうことか説明してみろ』
わめいて大泣きしながら必死に話した。あの日のことを。うまくは説明できなかったかもだけど。
『驚いた。あのフォレバストからきたのか。そうか、そいつは辛かったな。それならなおさらここでいろんなことを覚えたほうがいい。よく考えろ』
その後も勝手に出ていくことも考えたけど、孤児院の子どもたちほどにいろいろはできないから我慢をしてる。
「ティオは旅に出るとなかなか帰ってこないもの。こないだも一人子どもを連れてきたし」
「おじさん、なに……してるの?」
「なんでも屋? お願いされたことをしてるみたいよ? 実は詳しくは知らないの。今日も絵本読む?」
「うん」
寝る前にはセーリオに絵本を読んでもらうのが日課になっていた。毎晩が楽しみで楽しみでしょうがない。足をパタパタさせて聞いてる。
「こ……れがいい」
絵本を一冊、手に取ったら相部屋の扉からコンコンコンとノックの音が聞こえた。
「どうぞ」
「遅くに申し訳ありません。吉報なので早い方が良いかと思いまして」
セーリオの返事で院長のフォンセが部屋に入ってきた。
「急なお話ですがライさん。レフさん。あなたたちを養子にと望む貴族との縁組が決まりました。ライさんが希望していたお方ですよ。ライさんの天真爛漫な笑顔に心が打たれたそうです。特別レッスンのかいがありましたね。明日お迎えがきます。おめでとうございます」
「ほんとに! ありがとうございます! アーヤのおかげだよ!」
「え! 俺も!? そうか。貴族か。うまくいけば商会との繋がりができるかも」
「二人一緒なんてうれしい!」
「そっか。そうだな」
キラキラと喜びの笑顔が輝くライがわたしに抱きついてきた。
レフも希望に満ちた顔をしている。
「レフもライもおめでとう。よかったね」
「おめ……でとう」
「「うん!」」
セーリオも手を叩いて祝福をしていた。
「アーヤさんにもお話しがあります。あなたも明日から特別レッスンを始めましょうね」
目を細めるフォンセがわたしの目線の高さに合わせて微笑んでる。
特別レッスン?
ライとレフもしてたの?
なにをするの?




