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15歩 隠れんぼ

「ふわあ……よく寝た。あれ? アーヤもう起きてるの?」


ベッドから起き上がったセーリオが窓から外を眺めていたわたしの隣にやってきた。窓から差し込む太陽の光は低い。


「狼……朝……早い」


外に見える建物と高い壁を見つめたまま答えた。

考えていたのは早くここから出ていきたいということ。だけど、心に決めたことを成し遂げるためにはおじさんの言うことも聞いた方がいいかもと思った。

だから人語で話すことに決めた。


「わ! また話してくれたね。狼って?」

「アーヤ……狼。犬じゃ……ない」


視線だけ動かして返事をした。


「あはは。みんなに犬って言われたこと気にしてるのね。今日からやることがいっぱいあるからがんばろうね」


わざわざ目の前にきたセーリオがしゃがんでわたしの視線に合わせてお話をしてくれる。


「セーリオ。おじさん。いい人……だから信……じる」

「ふふ。ありがと。ポニーテールの結び目が弛んでるから結び直そうね」

「あり……がと。ポニーじゃ……なくてウルフ。サイド……ウルフテールだよ」

「あはは。ほんとに狼が好きなんだね」


髪をほぐして櫛ですいてから結び直してくれた。置いてあった妖精の羽の髪飾りが朝陽を受けてキラキラしてる。これを見てると心がなんだかあったかくなる。

髪の結び目につけてくれた。


「二人を起こしてくれる? 今日は一日わたしと一緒だよ。まずは朝食前のお勤めから始めよう」

「文……字は?」

「読み書き? それは休憩時間とかにやろうか」

「分……かった」


そして始まる孤児院生活。

子どもたちは日替わりで仕事を変えていた。どれか一つだけをまかせられるんじゃなくて、すべてができるようにならないといけないらしい。


まず教わったのは掃除の仕方だった。

建物の外で葉っぱとかの掃き掃除。なくても履く。床や窓に壺なんかの拭き掃除。ただ綺麗にするんじゃなくて姿勢を正して誰に見られながらでも美しく振る舞えと教わった。


ワンピースのひらひらが邪魔に思ったけど、メイドになったらひらひらの服で作業することもあるから女の子は慣れておかないとダメって言われた。

基本的に男子と女子で役割が違うらしい。


おトイレの掃除もした。陶器の便器もピカピカに磨く。汲み取ったものは肥溜めに持って行ったり川に捨てたりするらしい。森ではどこでもしてた。縄張りを主張するとき以外は。

辺境の城塞都市フォルテは古い都だけど中心地には上下水道が完備してると聞いた。


「くちゃい」


鼻を両手でつまんで悪臭を前に途方に暮れていることが多かった。鼻が良すぎるのって辛いこともあるんだね。


「あはは。慣れるしかないよ。ほかにもたくさん覚えることがあるからがんばろうね」

「な……んでこんなことす……るの」

「綺麗にすることは生きていくために必要なことだよ。身寄りがないみんなが自分の得意なことを見つけてしっかりした仕事ができるようにするの。働き口を見つけて生きていくためにね。ティオたちがそういう風にしてくれたんだよ」


セーリオが得意そうに胸を張ってる。


「働き……口?」

「そうよ。ヴァイゼ孤児院は必ず子どもたちを独立させるの。都の宿泊施設や飲食店に診療所とかね。中には偉い貴族の養子になる子もいるのよ。アーヤも可愛いからしっかり教養を身につければ見込みはあるんじゃないかしら」


「ふーん。セーリオは? 働かな……いの?」


セーリオは一番年上だし可愛いししっかりしてるからとっくに孤児院を離れていてもよさそう。


「わたしは……。そんなことより手を動かして」


セーリオがお掃除を始めたからわたしも手を動かす。結局その話はずっと聞けなかった。


そして毎日毎日いろんなことを教わる。

お料理、お洗濯、お裁縫、収納や整理整頓、小さい子のお世話、病人の介護とか。

果樹や庭木のお世話、収穫。薬草園の管理、収穫、仕分け、調薬、保存食の作り方とか。

一般常識に行儀作法、慶事弔事の決まりごとなんかも習う。


「アーヤー! 一緒にごはん食べよう!」

「いい……よ」

「あのさあ。お前ってなんで薬草の良し悪しの見分け方うまいの? 俺にもコツを教えてくれない?」


まだ名前を覚えていない男の子に聞かれた。


「匂……いで嗅ぎ分……けてるよ?」

「匂い? また犬みたいなこと言ってるし。……でもそれって本当か? え? どんな匂いなの? 俺にもできる? 教えて!」

「いい……よ」


「わたしも教えて欲しい!」

「ぼくも!」

「あたちも!」

「わふん」

苦しい。


「あはは。アーヤわんこ!」


小さい子も大きい子もみんなで体重かけて乗っからないで欲しい。

孤児院のみんなともけっこう仲良くなってた。ていうかわたしはいつも絡まれてるだけのような?


休憩時間は決まって建物裏手に数人が集まる。地面をノート代わりに勉強会。


「これで……合ってる?」


複雑な計算問題を出されたけどするりと答えを書いた。


「おお。正解。読み書き計算が得意なレフほどじゃないけど文字だってあっという間に覚えたし。お前。筋がいいな」


責任感が強そうな男の子ラーンが教えてくれるから順調に勉強できる。夜になれば相部屋のレフにも教えてもらえる。レフはとっても頭が良くて学校の先生みたいに丁寧に教えてくれるから上達が早かった。


それに……たぶん前世の経験があるから。自分自身の記憶はあまりないけどそこで覚えた知識や経験全部を忘れてるわけじゃなかった。普段は思い出さないけど実践する機会があると思い出すことがある。思い出せそうで思い出せないこともあるけど。


読み書き計算ができるようになるとお金の管理や商いとしての売り買いについても簡単なことから教わった。


ここのみんなはとても楽しそうに元気に仲良しだ。

そして遊びの時間も毎日たっぷりあるからなおさら仲良くなる。


わたしが初めて遊びに参加したのはチーム対抗隠れんぼだった。

4チームに分かれて隠れて敵チームを探す。見つけたら体に触れる。声を出してはいけない。鐘が鳴ったら必ず移動すること。暴力はなし。孤児院の敷地から出ない。リーダーが捕まったら全員終了。発見された人は手を挙げたままおとなしく食堂に移動すること。

勝利条件はチーム全員が最後まで見つからずに全滅させること。それがルール。


それぞれ決められた部屋からスタートする。行先を確認すると手と視線で合図を送って順番に進んでいく。足音を立てないように身を潜めて。


前進。後退。待て。警戒。発見。確保。とか、手信号で統率された動きは訓練された群れのようだった。


遊びなのにびっくりするくらいにみんな真剣。ルプスお母さまに見守られながら森でした訓練だって笑いながらだってしたのに。みんなの目がちっとも笑ってない。


相手を見つけたら背後から忍び寄って体に触れる。まるで森で獲物を仕留めるときみたいに。みんながそうしていることに驚いた。

それは生きていくために必要なことで生死がかかっているようだったから。


わたしはみんなよりも得意にできたの。ルプスお母さまに教わった森でのことが役に立っていつも一番だった。


「なんで……隠れ……るの上手なの?」


わたしの次に得意な子に聞いてみた。

わたしやピスィカ、獣とはやり方が全然違うけど気配を殺して身を潜める技がすごい。わたしも油断すると勝てない。


「ああ。うまくできない子には院長が優しく教えてくれるから。上手な子にはすごい丁寧に教えてくれるよ。ちゃんと向き不向きも考えてくれるし」


そうなんだ。それってもしかしたらすごいかも。ルプスお母さまみたいな感じ?

なんて思っていたら院長のフォンセが近づいてきた。

にっこりと穏やかに微笑んで、しゃがみ込んでわたしの視線に合わせてる。


「アーヤさん。あなたはまるで野生の狼みたいに追いかけるのも隠れるのもとても上手ね。だけどそうね。森と建物は違うわ。壁の向こう、廊下の角、建物の中と外、上と下の階。気配を消すだけではなくて、人の手で作られたものの中でも上手に気配を消したり探る方法も覚えましょうね。そうすればあなたはずっと一番よ」


頭をふんわりとなでなでされた。とても優しい物言いと褒め言葉がするりと心に入ってくる。そんな風にされるとうれしいし、次もがんばろうって思う。

だけど……どこで見ていたんだろう?

それに……森って……。


遊びの種類もいろいろ。

駒を使って陣地取りをする盤競技。

追いかけっこや鬼ごっこ。

我慢競争とか。

木剣や盾を使ったチャンバラや陣取り合戦とか。

踊りやおままごとだったり。


どの遊びもどこかおかしかった。

陣取り合戦となると上手に指揮をする子と指示に忠実に従うチームが勝つわけだけどとても遊びとは思えなかった。

おままごとなんてしっかり役柄があってまるでお芝居でもしているみたいだった。


ケンカをすることもあるけど院長のフォンセがしっかり仲直りをさせてくれる。だからみんな仲良し。


はじめて薬草園のお手伝いをした日はわたしの知ってることがたくさんあったことと、役に立つことができてうれしかったのを覚えてる。


ヴァイゼ孤児院の周りにはかなり大きな薬草園が広がっていた。

一番最初に孤児院に訪れたときと同じように子どもたちが畑で雑草を抜いたり、堆肥を運んでいたり、収穫をしたりと忙しそうにしてる。

薬草の花にはいろんな羽の形をした蝶々や蜂が優雅に舞い降りていた。

こんな光景は森でも見たことがある。トゥリックたち妖精が蜜を集めている姿を思い浮かべるととっても懐かしい。


「アーヤは薬草のことって分からないでしょ? いろいろあるから覚えるの大変だしいっぱい教えてあげるからね」


セーリオがまかせなさいとばかりに胸を張ってる。たくさんの赤い三つ編みが揺れて得意そうな笑顔が可愛い。


「う……ん。こ……れは熱冷まし。こっちはお腹が痛……いのを直してくれる。こっちは傷……が早く治る。この葉っぱはお……肉をおいしくしてくれる。あれは……」


次から次に言い当てる。この薬草園には体を癒やす葉っぱと食べておいしい葉っぱもあった。


「すごい! アーヤは薬草のこといっぱい知ってるんだね!」

「えへへ。そうかな?」


ぎゅっとしていっぱい頭を撫でてくれるとうれしい。心があったかくなる。


ほとんど全部を知ってた。森に生えている葉っぱと同じだったから。どれもこれもルプスお母さまに教わったこと。

ピスィカが具合が悪くなると教わった草を咥えてきては運んだ。

だけど自分では体のための薬草を使ったことがない。だって怪我をしてもすぐに治るし熱を出したこともないから。


「収穫して調合した薬や香草を売ってみんなのごはんや制服を買ったりするんだ。それにいろんな勉強をするためにも必要だしね」

「ふーん」


孤児院を運営するための資金のひとつってことだね。おじさんががんばってお金を稼ぐだけじゃないんだ。そういえば国からの支援金もあるって言ってたけど少ないって言ってたし子どもたちも学べるしいろいろ丁度良さそう。


「薬草のことはあんまり教えることはないかな?」

「ううん。教え……て」


「分かった。もしかして育てたりしたことある? 調合とかもできるの?」

「ううん。ない。調合?も分……かんない?」


「ほんと! そしたら教えてあげるよ! それじゃあ一緒に収穫して調合してみようか!」


うれしそうに笑顔を浮かべるセーリオにこくりと頷いて薬草園へと足を踏み入れた。

調合って楽しいのかな?


「あ! セーリオ! アーヤ! そいつを捕まえて!」


あっちの方から男の子たち数人が走ってくる。わたしたちの方へと四つ足の獣が慌てて走ってきた。

捕まえればいいの?

どうしよう?

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