14歩 相部屋
「皆さん、全員そろいましたね。それでは歓迎の食事にしましょう。ようこそヴァイゼ孤児院に」
大人の女の人が優しくおっとりと。だけど声高に。みんなを見回しながら声を上げた。
パチパチと子どもたちが手を打つ音が、ロウソクの灯りに照らされた広めの部屋に鳴り響く。
かなり傷んだ長方形の木のテーブルが二つ。子どもたちが四列になって座ってる。わたしを入れて全部で……たくさん。数えるのめんどくさい。
ほかに大人が二人。男の人がわたしの向かいに、女の人は離れたところに座ってる。
青い髭のおじさんがいない。
わたしを連れてきたくせにここの人じゃないのかな?
わたしは一番角の席に座ってきょとんとしてた。そんなわたしに子どもたちが椅子に座ったままそれぞれにいろんなことを言ってくる。
この時間になるまで建物の中で待っていたわたしは行ったり来たりする子どもたちを見ていたからだいぶ怖い気持ちがおさまっていた。
「自己紹介してよ!」
「どこからきたの?」
「名前をまだ聞いてないんだけど」
「自分の歳分かる?」
「女の子だ! 仲良くしようね!」
「誰の部屋に行くのかな?」
「セーリオと一緒じゃない?」
とか、ほかにもいろいろ。
わたしはそんなことよりも目の前に並んでいるごはんに気をとられていた。よだれがこぼれそう。お腹はずっとぐうぐうと大きな音が鳴ってる。拍手や賑やかな声で聞かれていなさそう。
「おーい。自分の名前くらい自分で言ったらどうだ?」
向かいに座ってる男の人がわたしに声をかけてきた。
誰?
初めて見る男の人が怖くて睨んで唸っていた。
「おいおい。ちょっと離れていただけでもう俺のこと忘れてるのか? 何日も一緒に旅したろ?」
男の人が眉をしかめてあごをさすってる。
あれ? この仕草と表情って何度も見たことある。青い髪にすっきりしたあご。青……ひげ……。えーと。
ボサボサのひげ顔が頭に思い浮かんだ。椅子から降りてテーブルを回り込むと男の人の匂いをふんふんと嗅ぐ。
「わふ!」
おじさんだ!
「わふじゃねえよ。ティオ・パトルウスだ。俺みたいな色男捕まえて忘れるなよなあ。セーリオもそう思うだろ?」
「髭がボサボサだとおじさんだと思うけど。ちゃんと小綺麗にしてたら悪くないと思うよ。そこまで歳じゃないんだし。まあそんなんじゃいつまでも独身だよね」
わたしの隣に座るセーリオが澄ました顔でおじさんに答えを返してる。ちょっと冷たい言い方。
んー? 言葉の裏に好きって想いが頭の中に伝わってきた。
ふーん。セーリオっておじさんが好きなんだ。それなら早く番になればいいのに。
「皆さん、待ってますよ。まずはお名前だけでもお話ししてくださいね」
おっとりと話しながら女の人がわたしの隣に歩いてきた。
「そうそう。名前くらい自分で言えないとな。それともわふわふ犬みたいに喋ってる方がいいか?」
おじさんがヘラヘラ笑ってる。犬じゃないって言ってるのに腹立つ。
「……アーヤ」
突っ立ったままぶっきらぼうに名前を言った。
「初めまして。わたくしフォンセと申します。このヴァイゼ孤児院の院長を仰せつかっております。アーヤさん、今日からよろしくお願いいたします」
にっこり笑顔を浮かべるフォンセに返事を返さなかった。言葉の通りなのに言葉の通りじゃなかった気がしたから。
「さあ皆さん、お話しもいいですがアーヤさんはとてもお腹を空かせてます。皆さんもですよね。せっかくティオが獲ってきたご馳走を冷めないうちにいただきましょう」
「がる!」
食べる!
急いで椅子にぴょこんと飛び乗って肉の塊にはぐついた。手で肉をテーブルに押さえつけて肉を噛みちぎる。
はずみで横に置いてあったナイフに手が当たった。わたしの手に弾かれたナイフがテーブルから跳ねてくるくると勢いよく飛んでいってしまった。フォンセの眼球目掛けて。
ふんわりと優しく包み込むように親指と人差し指でナイフをつまむフォンセ。
「あらまあ。フォークとナイフを使わないでおてんばさんね」
ナイフが元のあった場所に戻された。
ん? いまなにかあったの?
お肉がおいしくてなんにも気づかなかった。
それにフォークとナイフなんて森では使わない。こんなものを使うなんてずっと忘れてたから目にも留まらなかった。
「院長。明日からわたしがマナーをしっかり教えておきます」
「そう。それならセーリオさんにお願いするわね」
子どもたちに穏やかな視線を送りながら席に戻って行った。
「アーヤ、すごい勢い……ほっぺたパンパン。そんなにキラキラした目をしてよっぽどおいしいんだね」
うん! おいしい!
口いっぱいのまま首をブンブン振ったら、肉のかけらが飛んで向かいに座るおじさんの顔に当たった。とっても不機嫌そう。
ビリビリスの肉の方が食べ慣れてるけど、このお肉には野菜の香りがしっかりついてるし、甘い味付けもしてあるからとってもおいしい。
甘いお肉なんて幸せ!
口いっぱいのお肉をごくんと一息に飲み込んだ。残りの一つのお肉も口に咥えてガブガブする。
「うわ。もうちょっと味わって食べようね?」
ちゃんと味わってるよ? おいしいよ?
なんでみんなでわたしをぼけっと見てるの?
こんなにおいしいお肉なんだから早く食べれば?
「あっはっは。こいつは犬だからな」
うるさい。わたしは犬じゃない。
「今日のお肉は特別なんだよ」
「特別っていや特別だな」
そうなの? 特別?
「こんな鳥の照り焼きがお料理できるなんて幸せ。ティオ、お土産をたくさんありがとう。こんなにいっぱいのお肉、みんな喜んでるよ」
鳥の照り焼き?
もしかして? わたしを食べようとしていた大きな6枚の翼を持った鳥?のこと?
「うまい具合にロクツバサを仕留められてよかったよ」
「なんの肉か不思議だったけどロクツバサ!? 凶暴な獣鳥でしょ!? 大丈夫だったの!?」
セーリオが椅子をガタンと鳴らして立ち上がった。
「生きてここにいるから大丈夫ってこったな。俺のいない間に変わったことなかったか?」
おじさんがお肉の塊にフォークをぶっ刺して口に運ぶと噛みちぎった。セーリオが椅子に座り直してフォークとナイフで丁寧にお肉を小さく切り分けて口に運んでる。
「いつも通り畑の薬草で薬を作って買い取ってもらえたよ。もちろん勉強も遊びもみんながんばってる」
「そうか。そいつは良かった。みんな食べ盛りだし、孤児院の運営も国からの支援金だけじゃやってけないからなあ。俺の稼ぎも悪いしよ」
「そんなことない! ティオはわたしたちのためにがんばってくれてるもの!」
「つってもなあ。また一人拾っちまったし、すぐにでも出稼ぎに行ってくるわ」
「もう少し孤児院にいてくれたらうれしいのに」
お肉を口に運ぼうとうつむいて、小さくつぶやく声がわたしの耳に聞こえた。
芋とか野菜を煮たものもおいしかった。
結局、わたしは自分の名前を言っただけで終わり。
みんなの食事が終わるとごちそうさまの挨拶をしてみんなが部屋から飛び出していく。おじさんやフォンセに感謝の言葉を言いながら。
「アーヤさんはセーリオさんのいるお部屋にご一緒してもらいましょう。セーリオさん、よろしくお願いしますね」
「はい。院長」
フォンセにぺこりとお辞儀をするセーリオに手を引かれた。
だけど。立ち止まってセーリオの手を解いた。
「がう」
おじさん。わたしは別にここにいたいわけじゃない。
顔をしかめて抗議した。
「なんだ? 気に入らないことでもあるのか? アーヤ。まずはここの暮らしに慣れろ。いろんなことを覚えてできるようにならないとどこ行くにしても困るぞ」
わたしの視線に気づいたおじさんから期待した答えが返ってこなかった。
「わふう」
そうだけど……。
「なに言ってるか分かんねぇよ。まずは会話ができなきゃ文字通り話にならねぇ。セーリオ。面倒みてやってくれな」
椅子から立ち上がってこちら側にやってきたおじさんがセーリオの頭をワシワシと撫でた。たくさんの赤い三つ編みが解けそうなくらいに揺れている。
「ちょっと! レディに失礼! 子どもじゃないんだから頭なんか撫でないで!」
セーリオが顔を真っ赤にしてプンスコ怒ってる。
ほんとは優しく大人の女性みたいに接してほしい。そんな強い想いが伝わってきた。
「ほんとにもう! わたしと相部屋だね。アーヤ行こ」
怒ったままあれこれ言ってるセーリオに連れられて3階の部屋に移動した。
「あ! 新入りだ!」
「アーヤちゃんだあ」
部屋に入った途端、わたしよりも少し背の高い二人の子どもに飛びついてくる勢いで詰め寄られた。
あれ? 二人とも同じ顔してる?
右と左を交互に見比べた。
「わふ?」
おんなじ?
「あはは。レフとライは双子だからびっくりするよね」
「レフのお姉ちゃんのライだよ。いつかいいところのお嬢様になれるようにがんばってるの」
「俺がライのお兄ちゃんだろ!」
「違うよ。ライがお姉ちゃんだもん」
「俺!」
「ライ!」
「わふう?」
言い合う二人がくるんくるんと右に左に入れ替わる。黙ってるとどっちがどっちか分からなくなるよ?
「ほらほら。アーヤが困ってるよ。二人とも髪型くらい変えれば分かりやすいのに」
「変えたくない」
「だってこれが好きなんだもん」
「それより俺がお兄ちゃんなんだ!」
「ライがお姉ちゃんだもん!」
「「アーヤはどっちが歳上だと思う!」」
「わふ?」
歳上? どっちでも良くない?
「みんなもだけど、生まれが分からない子もいるからね。歳を知らなかったりするし、レフもライもどっちが先に生まれたか分からないんだよ」
「がるぅ」
ふーん。じゃあこうすれば?
レフとライの髪を一房ずつ指につまんだ。レフは左側。ライは右側。
「それいいかもね。見分けのつかないアーヤのために二人ともそうするといいよ。待っていま縛ってあげるから」
「「しょうがないなあ」」
「アーヤは歳分かるのか?」
「いくつ?」
セーリオに髪をいじられてる二人のおしゃべりが止まらないなあ。
「がう?」
知らないよ?
「セーリオ! こいつ犬だぞ!」
「言葉を知らないの?」
「わふん!」
だから犬じゃないってば!
「やっぱり犬だ! おすわり!」
「わんちゃんだね。お手する?」
しないもん。プイッとツーンとそっぽを向いた。
「うーん。話はできるみたいなんだけど慣れてないみたいなんだよね? そうだなあ。今日はいつもの勉強じゃなくて……絵本でも読もうか?」
「絵本かよー。俺はもう子どもじゃないしいいよ。自分の勉強してる」
「ライはセーリオが読んでくれる絵本聞きたい」
「それじゃあ。好きな絵本を持ってきてね」
「うん!」
部屋から飛び出したライがあっという間に戻ってきてベッドに飛び乗った。ボロボロになってる本を持って。
「またおんなじのでいいの? アーヤもおいで」
四つ並んだベッドの一つにセーリオ。隣にわたしとライ。ライの隣でレフが木の板と木の棒を持ってなにかを書いてる。板の表面には白っぽいものが塗られてるみたい? 木の棒は片方が尖っていて片方が平べったく削られていた。
覗き込んだらとても綺麗と思える文章をスラスラと書いている。
「ん? これ気になる? 蝋板って言うんだ。蝋を板に被せて棒で文字を書くんだよ。反対のへらで書いたものを削って何度でも書き直せるんだ。アーヤもこれ使うんだぞ」
文字かあ。覚えたらいろいろ役に立つよね?
ルプスお母さまを殺した奴らを探すために勉強した方がいいかもしれない。
「早く読んでー」
「はいはい。昔々あるところに……」
ライにせがまれてセーリオが寝転がって絵本を広げてる。
お話は勇者と聖女の物語。悪い魔王を倒して綺麗なお姫様を救うお話だった。
わたしも夢中になって聞いてしまった。
ルプスお母さまも寝る前には二匹で丸まっていろんなお話を聞かせてくれたなあ。
じんわり目が潤む。
「あら? 二人とも寝ちゃった? ふふ。おやすみなさい」
そして。
孤児院を通じて、暗殺教室に繋がる生活が始まることになるなんて夢にも思わなかった。




