第85話 囮
「最大層を、囮にします」
その言葉が、まだ残っていた。
理解はできる。
だが。
納得はできない。
「……正気?」
ミレアが言う。
その目は、笑っていない。
「はい」
カイルは答える。
迷いはない。
だからこそ。
重い。
「死なない形にします」
「それ、どうやるのよ」
「分散します」
一拍。
「一点に集めない」
エルザが言う。
「……最大出力を維持したまま?」
「はい」
「無理です」
「はい」
即答。
だが。
止まらない。
「ですが」
一歩。
「“最大に見せる”ことはできます」
ミレアが息を吐く。
「またそれね」
「はい」
つまり。
本物である必要はない。
“そう見えればいい”。
「配置を変えます」
カイルが言う。
兵士たちが集まる。
時間はない。
だが。
ここで変えなければ終わる。
「最大層、三人」
「中間層、四人」
「再現層、残り」
一拍。
「全員が“最大に見える位置”に入ります」
ミレアが笑う。
「全部囮じゃない」
「はい」
その通り。
全員が囮。
だが。
その中に。
本物がいる。
それでいい。
「動きは揃えないでください」
カイルが続ける。
「むしろバラす」
「強弱をつける」
「波を作る」
エルザが理解する。
「……判別をさらに困難にする」
「はい」
ミレアが前に出る。
「やるわよ」
その一言で、全員が動く。
配置が変わる。
前線が、歪む。
整列ではない。
だが。
意図的な乱れ。
その中に。
最大層が混ざる。
「来る」
カイルが言う。
次の瞬間。
――狙撃。
だが。
外れる。
ズレる。
誰もいない場所を抉る。
エルザが息を呑む。
「……迷ってる」
「はい」
カイルは言う。
「選べていません」
ミレアが笑う。
「いいじゃない」
だが。
次の一撃。
今度は当たる。
中間層の一人が弾かれる。
「……っ!」
だが。
致命ではない。
狙いが分散している。
それだけで。
“殺せない”。
「効いてる!」
ミレアが言う。
「はい」
カイルは頷く。
だが。
それで終わりではない。
「押します」
一歩。
前に出る。
全員で。
囮のまま。
前進する。
敵が動く。
狙撃が連続する。
だが。
精度が落ちている。
分散している。
当たらない。
止まらない。
「……通る」
エルザが呟く。
中央が開く。
さっきは止められた場所。
今は。
抜ける。
ミレアが踏み込む。
最大層。
だが。
目立たない。
ただの一人として。
そのまま。
振る。
決まる。
敵が崩れる。
初めて。
明確な一撃。
「……やった」
誰かが呟く。
だが。
その瞬間。
空気が変わった。
「――来る」
カイルの声。
次の一撃。
今までと違う。
速い。
鋭い。
そして。
一直線。
ミレアの方向へ。
「――!」
避ける。
だが。
ギリギリ。
肩を掠める。
血が飛ぶ。
ミレアが舌打ちする。
「……当ててきた」
エルザが震える。
「……特定された?」
カイルは言う。
「はい」
一拍。
「学習されています」
つまり。
通用した。
だが。
もう終わり。
敵は適応する。
ミレアが笑う。
痛みを無視して。
「……ほんと、楽させてくれないわね」
「はい」
カイルは頷く。
そして。
一歩前に出る。
「次に行きます」
「まだやるの?」
「はい」
一拍。
「ここからです」
囮は通じた。
だが。
それだけでは足りない。
戦いは。
さらに深くなる。
読んでいただきありがとうございます。
今回は「最大層を囮にする」という、かなり危険な運用に踏み込みました。
一度は通用しましたが、敵はすぐに適応してきています。
次は――“通用し続ける形”をどう作るか。
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