第86話 適応
「……当ててきた」
ミレアの肩から血が落ちる。
深くはない。
だが。
さっきまでの戦いとは、明確に違う。
――読まれている。
「はい」
カイルは短く答える。
視線は前。
そして、奥。
見えない敵を、見ている。
「学習されています」
一拍。
「囮は、もう通用しません」
エルザが息を呑む。
「……早すぎる」
「はい」
カイルは頷く。
「ですが」
一歩。
「想定内です」
ミレアが笑う。
痛みを無視して。
「それ、毎回言ってるわよね」
「はい」
「で?」
一拍。
「どうすんの」
カイルは答えた。
「変えません」
沈黙。
エルザが言う。
「……何を」
「囮です」
一拍。
「続けます」
ミレアが眉をひそめる。
「通用しないって言ったでしょ」
「はい」
「じゃあなんで」
「変えないからです」
空気が止まる。
意味が分からない。
だが。
カイルは続ける。
「敵は学習しています」
「はい」
「なら」
一拍。
「こちらも学習させます」
エルザが理解する。
「……誘導」
「はい」
カイルは頷く。
「“誤った正解”を覚えさせます」
ミレアが笑う。
「なるほどね」
一拍。
「一回当てさせるってわけ?」
「はい」
次の瞬間。
カイルが動いた。
わずかに。
“遅れる”。
それは。
最大層としてはありえないミス。
その瞬間。
――来る。
狙撃。
一直線。
今度は、完全に当たる。
だが。
カイルは半歩だけずらす。
肩を掠める。
血が飛ぶ。
ミレアが叫ぶ。
「何やってんのよ!」
「はい」
カイルは言う。
「覚えさせました」
エルザが息を呑む。
「……何を」
「この動きです」
一拍。
「“ここに当たる”と」
次の瞬間。
また来る。
同じ軌道。
同じ角度。
さっきと同じ。
カイルが動く。
今度は。
完全に。
避ける。
「……っ!」
ミレアが目を見開く。
エルザが叫ぶ。
「軌道固定!」
「はい」
カイルは頷く。
「癖です」
一拍。
「完全ではない」
「ですが」
「十分です」
次の瞬間。
カイルが指差す。
「そこです」
ミレアが踏み込む。
迷いなく。
一直線。
影。
わずかに揺れる。
敵。
今度は。
“見える”。
振る。
衝撃。
遠くで何かが弾ける音。
静寂。
ミレアが息を吐く。
「……当たった?」
「はい」
カイルは言う。
「一人です」
エルザが震える。
「……複数いるんですよね」
「はい」
「じゃあ」
「まだ続きます」
一拍。
そして。
来る。
今度は。
違う軌道。
違う速度。
違うタイミング。
ミレアが舌打ちする。
「……切り替えてきた」
「はい」
カイルは言う。
「学習されています」
一拍。
「ですが」
少しだけ。
笑う。
「こちらもです」
空気が変わる。
ただの防御ではない。
ただの囮でもない。
これは。
“対話”だ。
技術と技術の。
戦い。
エルザが呟く。
「……追いついてる」
「はい」
カイルは頷く。
「同じ土俵です」
その瞬間。
前線で爆音。
中央が再び崩れかける。
ミレアが振り向く。
「……時間ないわよ!」
「はい」
カイルは言う。
一歩前へ。
「次に行きます」
「何を」
一拍。
カイルは答えた。
「固定します」
空気が止まる。
エルザが言う。
「……何を」
「戦場です」
その言葉で。
すべてが変わり始めた。
読んでいただきありがとうございます。
今回は「学習」に対して「学習で返す」フェーズでした。
ついに敵と同じレベルの読み合いに入っています。
次は――戦場そのものを操作する段階です。
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