第8話 戦って、確かめる
森の奥は、静かだった。
足元の落ち葉を踏みしめながら、ミレアは呼吸を整える。
背中には、先日調整してもらった防具。
腰には、同じ工房で手を入れられた剣。
どちらも、見た目は変わらない。
――だが。
「来る」
低く呟いた瞬間、茂みが揺れた。
跳び出してきたのは、二足歩行の魔物。
素早く、間合いを詰めてくる。
ミレアは一歩引き、剣を抜く。
――軽い。
いや、軽いわけではない。
動かした分だけ、きちんと返ってくる。
踏み込み。
斬撃。
刃が、迷わず狙いに吸い込まれた。
「……」
魔物がよろめく。
反撃をかわし、体勢を立て直す。
防具が、動きを妨げない。
擦れる感触がない。
重心が、常に身体の中心にある。
次の一撃で、魔物は倒れた。
ミレアは剣を下ろし、しばらくその場に立つ。
呼吸は、乱れていない。
「……なるほど」
それだけ言って、剣を鞘に収めた。
帰還後。
ギルドで最低限の報告を済ませると、ミレアは寄り道をせず、路地裏へ向かった。
倉庫の前には、すでに数人の冒険者が待っている。
順番待ちのようだった。
ミレアは、その最後尾に静かに並ぶ。
やがて、工房の扉が開いた。
「今日は、ここまでにしてください」
カイルの声がする。
「え、もう?」
「まだ待ってるんだけど」
「申し訳ありません」
疲れた様子はないが、動きが少し鈍い。
ミレアは、それを見逃さなかった。
人が引いた後、ミレアは中に入る。
「依頼ですか」
「いいえ」
短く答え、剣を外す。
「確認を」
カイルは剣を受け取り、目を伏せる。
刃をなぞり、柄に触れ、防具にも視線を向けた。
「問題は……ありませんね」
「はい」
それだけで、話は通じた。
沈黙が落ちる。
先に口を開いたのは、ミレアだった。
「あなたの調整は、数値を触っていない」
「……はい」
「でも、結果は変わる」
カイルは、否定しなかった。
「再現性は?」
「あります。ただ……」
「ただ?」
「理解しようとする人が、少ない」
ミレアは、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「でしょうね」
剣を受け取り、鞘に戻す。
「次は、別の依頼で来ます」
「……別の?」
「専属、という形ではありません」
一拍。
「まずは、観測を続けたい」
そう言って、ミレアは立ち上がる。
扉に手をかけたところで、振り返った。
「あなたは、自分の価値を低く見積もりすぎです」
それだけ言って、去っていった。
残されたカイルは、しばらく作業台を見つめていた。
「……価値、か」
そんなものを考えたのは、久しぶりだった。
外では、再び人の声がし始めている。
工房は、確実に限界へ近づいていた。




