第56話 守られる技術
夜の砦は、静かだった。
戦場の喧騒が嘘のように消え、残っているのは火のはぜる音だけだった。
整備区画の隅。
カイルは、壊れた盾を分解していた。
釘を抜き、金具を外し、歪みを確認する。
無言の作業。
だがその手は、いつもよりわずかに遅い。
「……珍しいですね」
ミレアが背後から言った。
「手が止まっています」
カイルは答えない。
ただ、盾の断面を見ている。
「考えてますね」
ミレアは隣に座った。
「ヴァルディアの話」
しばらく沈黙が続いた。
やがてカイルが言う。
「合理的でした」
「ええ」
「間違っていません」
ミレアは少しだけ笑った。
「そうですね」
否定しない。
それがこの会話の前提だった。
「国家が保護する」
カイルは言う。
「技術を残す」
「はい」
「正しいです」
ミレアは頷いた。
「正しいです」
だが、そのあとに続けた。
「でも、それで終わりです」
カイルがわずかに顔を上げる。
「終わり?」
「ええ」
ミレアは壊れた盾の破片を手に取った。
「これ、誰が直します?」
「整備兵です」
「どうやって?」
「規格通りに」
「はい」
一拍。
「じゃあ、規格が間違っていたら?」
カイルは答えない。
ミレアは続ける。
「誰も直せません」
火の音だけが響く。
「守られた技術って」
静かな声。
「変わらないんですよ」
カイルの手が止まる。
「国家が守ると」
ミレアは言う。
「壊れないようにする」
「はい」
「つまり」
一拍。
「壊してはいけない」
それは――
更新の停止だった。
「技術って」
ミレアは盾の断面を指でなぞる。
「壊れるから進むんです」
歪み。
亀裂。
失敗。
それを見て、次を作る。
「でも守られると」
一拍。
「壊せなくなる」
カイルの目がわずかに細くなる。
ミレアはカイルを見る。
「さっきの戦場」
「ええ」
「規格は正しかったですか?」
「……いいえ」
「じゃあ」
小さく笑う。
「壊れてよかったんです」
あの盾は。
あの隊形は。
壊れたから、変えられた。
カイルはゆっくりと言った。
「ヴァルディアでは」
「はい」
「壊せない」
「ええ」
ミレアは頷く。
「壊すと怒られます」
少しだけ冗談めいた口調。
だが本質だった。
「守られる技術は」
一拍。
「死にます」
その言葉は、重かった。
カイルは静かに盾の破片を見た。
歪み。
亀裂。
不完全。
だがそこにこそ、次がある。
ミレアが立ち上がる。
「カイルさんは」
振り返る。
「どっちがいいですか?」
守られるか。
壊れるか。
カイルはすぐには答えなかった。
ただ、壊れた盾を手に取り――
小さく言った。
「壊れる方が」
一拍。
「作れます」
ミレアが、少しだけ笑った。
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