第55話 合理の国
風が止んでいた。
戦場の匂いだけが、残っている。
ヴァルディアの観測官は、静かに立っていた。
周囲の兵士たちは警戒している。
だが彼は武器を持っていない。
「先ほどの戦場」
観測官が言う。
「非常に興味深かった」
将校が一歩前に出る。
「ここは王国領だ」
「ええ」
男はあっさり頷く。
「だから観測に来ました」
悪びれない。
それが逆に異質だった。
ミレアが低く言う。
「挑発ですか」
「いいえ」
観測官は否定する。
「合理です」
その言葉に、カイルの視線がわずかに動いた。
観測官は続ける。
「あなたの技術」
一拍。
「属人性が高い」
「はい」
カイルは認める。
「再現性が低い」
「はい」
「教育コストが高い」
「はい」
すべて事実だった。
観測官は頷く。
「つまり」
静かな声。
「個人に依存している」
ミレアが言う。
「それが問題だと?」
「問題ではありません」
一拍。
「非効率です」
その言葉は、迷いがなかった。
観測官はゆっくりと周囲を見る。
壊れた盾。
疲労した兵士。
整備区画。
「王国は、規格装備で戦場を維持している」
正しい。
「ですが、限界がある」
これも正しい。
「そしてあなたは、その限界を超えた」
カイルを見る。
「だが」
一拍。
「あなた一人では、広がらない」
沈黙。
観測官は、淡々と続ける。
「ヴァルディアでは違います」
ミレアが目を細める。
「どう違うんですか」
「属人技術は」
はっきりと言う。
「国家が保護します」
兵士たちがざわつく。
観測官は気にしない。
「研究環境」
「資材供給」
「人材選別」
一つずつ挙げていく。
「個人が壊れないように、国家が支える」
そして。
「個人が死んでも、技術が残るようにする」
その言葉に、空気が変わった。
カイルは黙っている。
観測官は一歩近づく。
「あなたの技術は優れている」
評価ではない。
確認だった。
「だが今のままでは」
一拍。
「いずれ消えます」
ミレアが言う。
「なぜそう思うんですか」
「簡単です」
観測官は答える。
「あなた一人だからです」
カイルは静かに聞いている。
「事故」
「病気」
「寿命」
すべて現実。
「どれか一つで終わる」
正論だった。
観測官は最後に言う。
「ヴァルディアに来れば」
一拍。
「その問題は解決します」
国家が守る。
技術が残る。
広がる。
合理的だった。
完璧に。
ミレアが、わずかにカイルを見る。
カイルは答えない。
ただ、静かに観測官を見ていた。
その目は、揺れていなかった。
だが。
否定もしていなかった。
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