第54話 ヴァルディアの使者
戦場の静けさは、ゆっくりと戻ってきた。
魔物の群れは森へと引き始め、兵士たちはその場に立ったまま息を整えている。誰もすぐには動かなかった。
勝ったわけではない。
だが、崩れなかった。
将校がカイルのところへ歩いてくる。
「……助かった」
短い言葉だった。
軍人の礼だ。
「装備ではなく隊形で守るとは思わなかった」
「装備は変えられません」
カイルは言う。
「ですが使い方は変えられます」
将校は小さく笑った。
「軍が嫌いそうな考え方だ」
その時、砦の門の方から騒ぎが起きた。
兵士の声。
「止まれ!」
「身分を示せ!」
ミレアが振り向く。
「……何か来ましたね」
将校が顔をしかめる。
「こんなタイミングで?」
伝令が走ってくる。
「将校殿!」
「何だ」
「北門に使者が来ています!」
将校が眉を寄せる。
「どこのだ」
伝令が答えた。
「ヴァルディアです」
その言葉に、全員が止まった。
北方技術国家。
今回の誘導装置の出所。
エルザが静かに言う。
「早すぎます」
通常なら、外交使節がここに来るには時間が足りない。
つまり。
近くにいた。
最初から。
将校が歯を食いしばる。
「……呼べ」
数分後、門から一人の男が現れた。
軍服ではない。
軽い外套。
だが背筋はまっすぐだった。
年は三十代前半。
兵士でも、貴族でもない。
そしてその男は、まっすぐカイルを見た。
「あなたが」
一拍。
「例外技術保持者ですね」
流暢な王国語だった。
将校が一歩前に出る。
「ここは王国軍の防衛線だ」
「承知しています」
男は丁寧に頭を下げた。
「ヴァルディア技術局、観測官」
その肩書きに、エルザが目を細める。
「観測官?」
「はい」
男は穏やかに言った。
「本日の戦場は、大変興味深かった」
兵士たちがざわつく。
将校の顔が険しくなる。
「……実験だったのか」
男は答えない。
ただ、カイルを見て言った。
「あなたの対応は、予想以上でした」
ミレアが低く言う。
「随分と余裕ですね」
「余裕ではありません」
男は穏やかに否定する。
「確認です」
そしてカイルに向き直る。
「あなたの技術は」
一拍。
「本物でした」
カイルは黙って男を見ていた。
観測官は続ける。
「我々の国では」
静かな声。
「あなたのような技術者を、国宝として扱います」
周囲の兵士が息を呑む。
将校が怒鳴る。
「何を言っている!」
男は将校を無視した。
視線はカイルだけを見ている。
「王国はあなたを管理できない」
一拍。
「ですが我々は違う」
ミレアが一歩前へ出る。
「勧誘ですか」
観測官は微笑んだ。
「提案です」
そして言った。
「ヴァルディアに来ませんか」
戦場の風が、静かに吹き抜けた。
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