第44話 北部防衛線
王都を出る馬車は、審議会が終わったその日のうちに用意された。
護衛は最小限だった。
軍の一隊。
審議会の補佐官。
そしてカイルとミレア。
道中、ほとんど会話はない。
エルザだけが、資料をめくっていた。
「北部防衛線の魔物群ですが」
紙を指で押さえる。
「移動速度が異常です」
「群れの規模は?」
カイルが聞く。
「推定三千」
ミレアが息を呑む。
「通常の発生規模の、四倍ですね」
「ええ」
エルザは頷く。
「しかも、分散していません」
普通、魔物の群れは拡散する。
餌場。
縄張り。
気候。
だが今回は違う。
「一直線です」
防衛線に向かっている。
カイルは窓の外を見る。
森の色が、少しずつ変わっていく。
王都周辺の穏やかな森から、北部特有の針葉樹林へ。
「軍はどう動いていますか」
「規格装備の防衛隊を展開」
エルザは資料をめくる。
「第三軍団、第四軍団」
重装備部隊だ。
つまり――
正面から受け止める戦術。
カイルは、小さく息を吐いた。
「間に合わない」
ミレアが振り向く。
「何がです?」
「補給」
群れが大きすぎる。
「装備は持ちます」
「ですが」
カイルは続ける。
「交換部品が足りない」
規格装備は強い。
だが壊れたときは、同じ部品が必要になる。
そして戦場では――
それが届かない。
馬車は夕方に北部拠点へ到着した。
空気が違う。
煙の匂い。
焦げた木。
遠くから聞こえる咆哮。
砦の門が開く。
中は、忙しく動いていた。
兵士。
整備兵。
補給隊。
誰も余裕がない。
将校が走ってくる。
「審議会からの視察官か!」
エルザが名乗る。
「技術局補佐官エルザ・フォン・リヒト」
そしてカイルを指す。
「例外技術保持者」
将校は一瞬だけ驚いた。
「……あの工房か」
噂は届いているらしい。
「状況を見せてください」
カイルは言う。
案内されたのは整備区画だった。
机の上に、規格装備が並んでいる。
剣。
鎧。
盾。
だが、状態は良くない。
刃こぼれ。
歪み。
亀裂。
カイルは一つ手に取る。
重い。
作りは丁寧だ。
だが――
「負荷が読めていない」
ミレアが聞く。
「どこがです?」
カイルは刃の根元を指で叩いた。
「ここ」
音が違う。
「使う人間が違う」
規格装備は平均値で作られる。
だが戦場は平均ではない。
将校が言う。
「補給が届けば交換できます」
カイルは首を振る。
「群れが来たら」
一拍。
「交換する時間はありません」
外から角笛が鳴る。
兵士たちが一斉に動き出す。
将校の顔色が変わる。
「前線からの信号だ」
伝令が走ってくる。
「魔物群、視認!」
距離は――
「三里!」
予想より早い。
将校が剣を取る。
「防衛線へ!」
兵士たちが走り出す。
ミレアがカイルを見る。
「どうします?」
カイルは壊れた剣を机に置いた。
そして静かに言った。
「まず」
一拍。
「何が壊れるのか、見ます」
戦場はもうすぐそこだった。
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