第39話 守れたもの
工房の朝は、変わらない。
火を入れ、道具を整え、素材を確かめる。
騒がしさはない。
だが、静けさも重くない。
「依頼は、三件です」
ミレアが、帳面を見ながら告げる。
「急ぎは一件。残りは通常納期」
「十分ですね」
カイルは、頷いた。
かつてのような大量の注文はない。
だが、無理もない。
扉が叩かれる。
入ってきたのは、若い冒険者だった。
「紹介で来ました」
その言葉は、もう珍しくない。
「前に、ここで直してもらった人から」
信用は、まだ回っている。
装備を受け取り、試しに振る。
「……ああ」
安心したように、息を吐く。
「これだ」
それだけで、十分だった。
夕方。
ロッドが顔を出す。
「商会、完全に引いたな」
「ええ」
「他の工房も、少し楽になったらしい」
囲われていた職人の一人が、独立を決めたという話も聞く。
「戻ってくるかもしれませんね」
ミレアが言う。
「戻る必要はありません」
カイルは、静かに答える。
「それぞれが、選べばいい」
守ったのは、規模ではない。
名声でもない。
“選べる状態”だ。
夜。
帳面を閉じながら、ミレアが小さく呟く。
「結局、何を守ったんでしょう」
カイルは、少し考える。
「工程です」
一拍。
「それと、名前」
商会製でも、国家規格でもない。
“カイルの工房”という呼び方。
それが、残った。
外では、風が静かに吹いている。
市場は、また回り続けるだろう。
国家も、商会も、次の動きを考える。
だが、この工房は――
変わらない。
守れたものは、小さい。
だが、それで十分だった。
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