第36話 市場の誤算
最初は、小さな違和感だった。
「最近、壊れやすくないか?」
酒場で、そんな声が上がる。
商会経由の装備を使っていた冒険者が、肩をすくめる。
「数値は問題ないって話だが」
「現場じゃ違う」
剣の刃が欠ける。
鎧の継ぎ目が軋む。
致命的ではない。
だが、積み重なる。
数日後。
北部の拠点から、小規模な事故報告が上がった。
「装備破損による撤退」
死者は出ていない。
だが、任務は失敗した。
国家は、すぐには動かない。
商会は、素早く声明を出す。
『規格内の製品であり、使用環境に問題があった可能性』
責任は、曖昧に処理される。
囲われた工房は、増産を命じられる。
「納期を早めろ」
「調整は最小限でいい」
工程は、さらに削られる。
一方。
路地裏の工房には、珍しい来客があった。
以前、商会側に移った職人の一人だ。
「……久しぶりだな」
目の下に、疲労が滲んでいる。
「どうしました」
「限界だ」
短い言葉だった。
「仕上げを急がされる」
「確認工程が削られる」
「でも、事故が起きれば俺たちの責任だ」
商会は、数字で管理する。
だが、壊れた現場は、数字にならない。
「……戻りたいわけではない」
職人は、視線を落とす。
「ただ」
一拍。
「やり方が、間違ってる」
カイルは、何も責めない。
「あなたが選んだ場所です」
「分かってる」
職人は、苦く笑う。
「でも、あんたの言ってた意味が、今なら分かる」
工程を切り分けた瞬間、
全体が崩れる。
その言葉が、現実になっていた。
市場では、少しずつ噂が広がる。
「商会の装備、最近微妙だ」
「前の方が良かった」
誰も、声高には言わない。
だが、確実に。
数字では見えない“誤算”が、
広がっていく。
夜。
ミレアが静かに言った。
「崩れ始めましたね」
「ええ」
カイルは、火を見つめる。
「市場は、正直です」
安さでもない。
量でもない。
最後に残るのは、
壊れなかったかどうか。
そして――
守れたかどうかだ。
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