第34話 断れない条件
再交渉は、予告なくやってきた。
工房に現れたのは、グランツではない。
レオニス・ヴァルツだった。
「時間を取っていただけますか」
声は丁寧で、距離も保っている。
だが、逃げ道を塞ぐ立ち位置だった。
「条件は、前回より現実的です」
席に着くなり、そう切り出す。
机の上に置かれたのは、新しい契約書。
以前の独占条項は、いくつか削られている。
「独占は求めません」
「優先権も、限定的です」
「あなたの工房は、そのままでいい」
譲歩している。
そう見える。
ミレアが、書面に目を落としたまま言う。
「代わりに?」
「市場参加です」
レオニスは、即答した。
「あなたの工房を、
“商会が認めた特例”として登録する」
それは、救済案のようで――
管理案だった。
「資材は、即時回復します」
「価格も、通常水準に戻る」
「紹介制も、妨げません」
条件は、魅力的だった。
「ですが」
ミレアが、視線を上げる。
「監査条項がありますね」
「当然です」
レオニスは、否定しない。
「技術の核心には触れません」
「ですが、成果は報告してもらう」
どこで、誰に、どんな装備を。
それは――
信用の回路に、商会が指を差し込む行為だった。
「断れば?」
カイルが、初めて口を開く。
「今以上に、厳しくなります」
脅しではない。
事実確認だ。
ミレアは、ゆっくりと契約書を閉じた。
「一つ、確認します」
「どうぞ」
「この条件を受けた場合」
一拍。
「断った他の工房は、どうなりますか」
レオニスは、少しだけ考えた。
「市場に適応できない、という評価になります」
「切り捨てる、と」
「経済とは、そういうものです」
ミレアは、静かに頷いた。
「では」
顔を上げ、はっきりと言う。
「お断りします」
即断だった。
レオニスは、驚かなかった。
むしろ、納得したように息を吐く。
「……やはり、あなたは」
言葉を選び、
「こちら側の人間ではない」
立ち上がり、外套を整える。
「最後に、一つだけ」
振り返る。
「守った結果、
失うものの方が多くなるかもしれませんよ」
ミレアは、微笑みもしなかった。
「もう、失う段階は終わっています」
レオニスは、何も言わずに去った。
工房に残った静けさは、
不思議と重くなかった。
「……前より、はっきりしましたね」
ミレアが言う。
「ええ」
カイルは、炉に火を入れる。
「これは、勝ち負けじゃない」
選び続けるかどうかだ。
そして、商会は気づき始めていた。
この工房は、
条件では動かない。
次に動くとしたら――
市場そのものが、壊れた時だ。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




