第32話 信用の回路
締め出しは、続いていた。
素材は届かない。
価格は下がらない。
市場は、相変わらず静かに背を向けている。
それでも。
工房の扉は、完全には閉じなかった。
「……紹介です」
昼過ぎ、そう言って入ってきたのは、見覚えのある冒険者だった。
以前、装備を直したことがある男だ。
「別の工房は?」
「断られました」
即答だった。
「急ぎじゃないなら、順番待ちでいいって」
カイルは、少しだけ考える。
「素材が限られています」
「分かっています」
冒険者は、頭を下げた。
「それでも、ここがいい」
理由は、単純だった。
「壊れなかった」
それだけだ。
その日の夕方。
別の客が来る。
さらに、その翌日も。
全員が、紹介を名乗った。
「誰からですか」
「ロッドさんです」
「北部拠点の人間から」
「前に助けてもらった隊の隊長から」
名前が、繋がっていく。
ミレアは、帳面に線を引いた。
「……回路が、動いています」
「はい」
市場ではない。
商会でもない。
人から人へ。
「素材は?」
「小口ですが、別ルートが見つかりました」
ミレアが報告する。
「小商人です。
商会の流通網に、完全には組み込まれていない」
量は少ない。
価格も、安くはない。
だが。
「足りる分だけで、回せます」
カイルは、頷いた。
大量生産はできない。
だが、止まらない。
工房の中で、火が灯る。
作業は遅い。
だが、丁寧だ。
「……不思議ですね」
ミレアが、ぽつりと言う。
「市場から切られているのに、
仕事は、完全には途切れない」
「信用は、回り道をします」
カイルは、手を止めずに答える。
「近道が塞がれただけです」
夜。
帳面には、依頼の名前が少しずつ増えていく。
数は少ない。
だが、途切れない。
商会が握っているのは、流通だ。
だが、握れないものがある。
それは、
“あの人に頼めば大丈夫だ”
という感覚。
数字にならない。
契約にもならない。
だが、一度回り始めると、止まらない。
信用の回路は、
静かに、しかし確実に、
市場の外側で完成しつつあった。
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