第29話 値段を付けられない工程
グランツが連れてきた男は、これまでとは違っていた。
派手さはない。
だが、工房に入った瞬間から、視線が止まらない。
作業台。
工具の配置。
素材の置き方。
すべてを“分解する目”で見ている。
「初めまして」
男は丁寧に一礼した。
「レオニス・ヴァルツと申します。
商会連合の、技術交渉担当です」
肩書きは、控えめだった。
だが、実態は違う。
「今日は、感情論を抜きに話がしたい」
そう前置きしてから、椅子に腰掛ける。
「あなたの技術は、優秀です」
即断だった。
「国家が使えないと判断したのも、理解できます。
再現性が低い。標準化できない」
そこまでは、エルザと同じ評価。
「ですが」
レオニスは、指を一本立てる。
「市場は、標準化だけで回っていません」
机の上に、いくつかの書類を並べる。
「工程を分解しました」
「再現可能な部分だけを抽出しています」
「それぞれに、価格を付けた」
数字が並ぶ。
どれも、妥当だ。
「ここまでなら、誰でもできる」
レオニスは、淡々と言う。
「問題は、ここからです」
最後の一枚。
工程名が、空白になっている。
「この部分」
指で、軽く叩く。
「値段が付けられない」
ミレアが、静かに口を開く。
「人を見る工程ですね」
「ええ」
レオニスは、頷いた。
「観測、判断、微調整。
どれも数値化できない」
視線が、カイルに向く。
「だから、提案があります」
声の調子は、変わらない。
「この工程だけ、あなたが担当する」
「それ以外は、商会が管理する」
完全分業。
「あなたは、最後に“仕上げるだけ”」
それは、合理的だった。
そして――
「私は、工程を切り分けません」
カイルは、即答した。
レオニスの眉が、初めて動く。
「理由は?」
「切り分けた瞬間、全体が崩れます」
仕上げだけをやる職人。
判断だけをする職人。
それは、もう同じ技術ではない。
「……非効率ですね」
「はい」
カイルは、認めた。
「だから、残っています」
レオニスは、しばらく黙った。
そして、静かに笑う。
「なるほど」
初めての、感情の混じった反応だった。
「あなたの技術は、投資に向きません」
それは、敗北宣言ではない。
「だが」
一拍置く。
「市場は、非効率を嫌います」
立ち上がり、外套を整える。
「守り続けるのは、大変ですよ」
それだけ言って、去っていった。
工房に残った沈黙は、重かった。
「本命ですね」
ミレアが言う。
「ええ」
カイルは、空白の工程表を見る。
値段を付けられない工程。
だからこそ、守る意味がある。
外では、また別の歯車が、
静かに回り始めていた。
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