第25話 消せないもの
出立の朝、国家技術局の中庭は静かだった。
馬車の準備が整い、エルザ・フォン・リヒトは外套の留め具を整える。
「今回の件、ご苦労でした」
局員の一人が形式的に頭を下げる。
「業務です」
それだけ答え、エルザは馬車に乗り込んだ。
向かう先は、王都。
だが、その前に寄る場所があった。
路地裏の工房。
扉を叩くと、いつも通りの音が返ってくる。
「……どうぞ」
中は、変わらない。
簡素で、静かで、整っている。
「最終報告は、すでに渡しました」
エルザは、用件を先に告げた。
「国家としての判断は、変わりません」
「理解しています」
カイルは、火を見ながら答える。
それで話は終わるはずだった。
だが、エルザはそのまま立ち去らなかった。
「一つだけ」
彼女は、少しだけ声を落とす。
「個人的な話です」
ミレアが、そっと一歩下がった。
「私は、あなたの技術を“使えない”と判断しました」
「はい」
「ですが」
エルザは、まっすぐに言う。
「“間違っている”とは、思っていません」
その言葉に、カイルは初めて顔を上げた。
「国家は、いずれ必ず困ります」
淡々とした口調。
だが、確信があった。
「規格で救えない現場が、必ず出る」
エルザは、懐から小さな金属札を取り出す。
国家紋章は入っていない。
個人用の識別票だ。
「その時、私はもう、この立場にいないかもしれない」
一拍。
「ですが、記録は残しました」
制度の中に。
簡単には触れられない場所に。
「消せない形で」
それは、最大限の誠意だった。
カイルは、短く頷く。
「……ありがとうございます」
礼というより、確認だった。
「あなたは、変わらないでください」
エルザは、そう言って踵を返す。
「世界の方が、遅れているだけです」
扉が閉まる。
工房に残ったのは、静けさと火の音。
「……行きましたね」
ミレアが言う。
「ええ」
カイルは、作業台に戻る。
国家に使われなかった技術。
だが、消されなかった技術。
それは、いつか必ず――
別の形で呼ばれる。
外では、別の足音が近づいていた。
馬車の音。
今度は、国家ではない。
商人の匂いがした。
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