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追放された鍛冶錬金師は、数値を信じるギルドを見限って静かに最強になる 〜評価されなかった生産職ですが、使った人だけが違いに気づきます〜  作者: 神崎タクミ


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第2話 空になった工房

 翌朝、カイルはまだ薄暗い時間帯に目を覚ました。


 寝床は、安宿の一室。

 追放された技術職が泊まるには、十分すぎるほどの部屋だった。


 起き上がると、まず指先を確かめる。

 問題ない。震えも、痺れもない。


「……仕事はできるな」


 独り言は、誰にも返されない。


 朝の冷たい空気の中、カイルはギルドへ向かった。

 最後に、工房を片付けるためだ。


 裏手の通用口から入ると、すでに人影はなかった。

 この時間帯、戦闘職は依頼に出ている。

 誰とも顔を合わせずに済むのは、正直ありがたかった。


 工房の扉を開ける。


 ――がらん。


 昨日まで確かにあったはずの空間が、ひどく広く感じられた。

 作業台の上は、すでに簡単に整理されている。

 ギルドの管理担当が、最低限の確認を済ませたのだろう。


 壁際に並んでいた素材箱は、封印札が貼られていた。

 手を出すな、という無言の警告。


「……」


 分かっていたことだ。

 それでも、胸の奥に小さな棘が残る。


 カイルは自分の道具だけを回収していく。

 年季の入ったハンマー。

 削り用の刃。

 自作の計測具。


 一つ一つ、手に取るたびに思い出が蘇る。


 最初にこの工房を任された日。

 期待よりも、不安の方が大きかった。


『生産職は裏方だ。前線を支えればいい』


 そう言われて、必死に考えた。

 どうすれば、戦闘職が安全に、長く戦えるか。


 だから、試した。

 数値に出ない違いを。

 疲労の蓄積、癖、無意識の動き。


 だが、それらは報告書に書けなかった。


「……残るのは、こういう結果か」


 作業台の引き出しを開ける。

 そこには、空になったノートのスペースがあった。


 研究ノートは、没収された。


 半年分の失敗と、成功の芽。

 自分にしか分からない、工程の積み重ね。


 拳を握りしめる。

 だが、怒りは湧かなかった。


「俺の説明が、足りなかっただけだ」


 そう結論づけることで、感情を押し込める。


 荷物をまとめ、工房を出る。

 振り返ることはしなかった。


 ギルドの正門を出たところで、足が止まる。


 ――これから、どうする?


 答えは、まだなかった。


 だが、一つだけ確かなことがある。


 作るのを、やめるつもりはない。


 その日の昼過ぎ、カイルは街外れの路地にいた。

 人通りは少なく、建物も古い。


 空き倉庫を一つ借りることができた。

 元は行商用の保管庫だったらしい。


 床は歪み、壁も薄い。

 だが、火を使うには問題ない。


「十分だ」


 道具を並べると、自然と呼吸が落ち着いた。


 その時だった。


 外から、荒い足音が聞こえてきた。


「ちくしょう……!」


 男の声。

 続いて、金属が擦れる音。


 カイルが外を見ると、若い冒険者が膝をついていた。

 腰の剣が、明らかに歪んでいる。


「……折れた、か」


 独り言のように呟き、男は顔を上げた。

 そこで初めて、倉庫の存在に気づく。


「おい、あんた……鍛冶屋か?」


 問いかけに、カイルは一瞬だけ迷い――頷いた。


「修理なら、できます」


「本当か!? 頼む、明日までに直さないと依頼が……!」


 必死な声だった。


 カイルは剣を受け取る。

 刃の歪み、金属疲労、握りの癖。


 ――直せる。


 しかも、少し手を入れれば。


「……時間はかかります。それでもいいなら」


「構わない! いくらだ?」


 カイルは、少し考えてから答えた。


「修理代だけでいい」


 冒険者は目を丸くした。


「……あんた、変わってるな」


 そう言って、深く頭を下げる。


 カイルは何も言わず、剣を作業台に置いた。


 火を入れる。

 ハンマーを握る。


 久しぶりに感じる、この感覚。


 ――ああ。


 やっぱり、自分は。


 作ることしか、できないらしい。


 外では、夕暮れの光が路地を染めていた。


 この小さな工房が、後に多くの冒険者に知られることになるとは、

 まだ誰も知らない。


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