第16話 半専属、始動
工房の朝は、静かだった。
以前のように、扉を開けた瞬間から人が並んでいることはない。
代わりに、入口の脇に小さな札が掛けられていた。
『本日の受付:紹介制』
それだけで、十分だった。
「……変わりましたね」
カイルは、作業台の前で呟いた。
無理に人を断らなくていい。
焦って作業を進めなくていい。
代わりに、やることは増えた。
資材の確認。
記録の整理。
工程の言語化。
ミレアが持ち込んだ帳面には、日付と使用者名、装備の状態が細かく書かれている。
「ここまで残ると……」
自分でも、少し驚く。
「やりやすいですか」
声をかけてきたのは、ミレアだった。
工房の隅で、帳面を開いたまま立っている。
「はい」
短く答える。
「作ることに、集中できます」
ミレアは、それだけで満足そうに頷いた。
「今日は、私の装備はありません」
「分かっています」
「別件です」
そう前置きして、扉の外を指す。
「来ています」
外に出ると、見覚えのある背中があった。
ロッドだった。
かつて、同じギルドにいた戦闘職。
今は、少し肩を落として立っている。
「……久しぶりだな」
声は、以前より低い。
「装備、見てほしい」
差し出された剣は、手入れされている。
だが、明らかに無理を重ねた痕跡があった。
「今のギルドじゃ、まともに直せなくてな」
言い訳のように付け足す。
カイルは、何も言わずに剣を受け取った。
刃を見る。
柄を見る。
芯の歪み。
「……時間はかかります」
「構わない」
ロッドは、視線を逸らす。
「前みたいに……とは言わない」
その言葉に、カイルは一瞬だけ手を止めた。
だが、すぐに作業に戻る。
「今は、今です」
それだけ答えた。
ロッドは、小さく息を吐いた。
「……そうだな」
工房の中で、火が入る。
ハンマーの音が、一定のリズムを刻み始める。
ミレアは、その様子を黙って見ていた。
半専属体制が始まった工房は、
もう以前の“流れ作業”の場ではない。
一つ一つを、確かめながら進める場所になった。
外では、紹介を受けた冒険者が静かに待っている。
騒がしさはない。
だが、確かな重みがある。
カイルは、火を見つめながら思う。
――ここからは、量じゃない。
積み上げるのは、信用だ。
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