第13話 選ぶ側に立つ
その日は、朝から雨だった。
倉庫の工房に並ぶ人影は、いつもより少ない。
それでも、扉を開ければ誰かが待っている。
「今日は、全員は対応できません」
そう告げると、冒険者たちは黙って頷いた。
「分かってる」
「また来る」
引き留めることはしない。
だが、断るたびに胸の奥が重くなる。
昼前、カイルは火を落とした。
――限界だ。
技術の問題ではない。
時間と体力の問題だ。
作業台に手を置き、深く息を吐く。
「……守れなくなる」
質を。
信頼を。
自分のやり方を。
その時、ノック音がした。
控えめで、急かさない音。
「入ってください」
扉を開けると、ミレアが立っていた。
雨に濡れた外套を払い、静かに中へ入る。
「今日は、作業を止めたのですね」
「……ええ」
ミレアは工房を見回す。
「判断としては、正しい」
カイルは、苦笑した。
「そう思えるようになったのは、最近です」
少しの沈黙。
「答えは、出ましたか」
カイルは、すぐには答えなかった。
代わりに、作業台の引き出しを開ける。
そこには、空のノートが入っている。
「記録を、また始めようと思います」
ミレアは、何も言わずに待つ。
「一人では、無理です」
それが、答えだった。
「あなたの条件を、受けます」
ミレアは、即座に表情を変えなかった。
ただ、ゆっくりと頷く。
「ありがとうございます」
「専属では、ありません」
「承知しています」
「値段も、やり方も、変えません」
「それでいい」
短いやり取り。
だが、その中身は重かった。
「私は、資材と記録を担当します」
ミレアは言う。
「あなたは、作ることだけに集中すればいい」
それは、命令ではない。
役割分担の提案だった。
カイルは、深く頭を下げた。
「……助かります」
その言葉は、初めて口にしたかもしれない。
ミレアは、外套を羽織り直す。
「では、明日から」
扉へ向かい、立ち止まる。
「一つだけ」
振り返って言った。
「あなたは、もう“使われる技術者”ではありません」
一拍。
「選ぶ技術者です」
扉が閉まる。
雨音だけが、工房に残った。
カイルは、作業台の前に立つ。
空のノートを開き、最初のページに記す。
『工程一。使用者の動きの観測』
ペンを置き、息を整える。
――ここからは、守るための仕事だ。
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