第10話 条件という名の提案
工房の中は、すでに火を落とした後だった。
道具は片付けられ、作業台の上には何もない。
それでも、空気にはまだ金属と熱の名残が漂っている。
「選択肢、ですか」
カイルは、ミレアの言葉を繰り返した。
「はい」
彼女は頷き、壁際に立ったまま言う。
「あなたは今、三つの問題を抱えています」
「……三つ」
「人手、資材、時間」
淡々とした指摘だった。
「どれか一つを誤れば、質が落ちる。あなたはそれを一番嫌う」
カイルは黙っていた。
否定できない。
「私は、解決策を一つ持っています」
ミレアはそう言って、懐から一枚の札を取り出した。
冒険者登録証。
階級は、高位。
「依頼を、まとめて引き受ける」
「まとめて?」
「私が窓口になります」
意味を理解するのに、少し時間がかかった。
「私の依頼を、最優先にしてください。その代わり――」
彼女は一拍置く。
「資材は、私が用意する」
カイルは、思わず目を見開いた。
「それは……」
「条件があります」
ミレアは即座に続けた。
「値段は、あなたが決める。私は交渉しない」
「工程には、一切口を出さない」
「他の依頼を断る必要もない」
そこまで言ってから、最後に付け加える。
「ただし、私の装備は、あなたが納得する状態で仕上げてほしい」
工房が、静まり返る。
それは、専属契約ではない。
だが、半分以上、それに近い。
「……なぜ、そこまで?」
カイルの問いに、ミレアは即答しなかった。
少し考えてから、口を開く。
「あなたの技術は、今の評価基準では正しく測れない」
「……」
「だから、測れる立場にいる人間が、必要です」
それが自分だと、言外に示している。
「私は、前線に立つ」
ミレアは続ける。
「あなたの装備が、どう使われ、どう残るかを見続ける」
「それは……」
「記録です」
カイルは、思い出していた。
没収された研究ノート。
証明できなかった工程。
「私は、あなたの代わりに証明する」
はっきりとした言葉だった。
カイルは、視線を落とす。
条件は悪くない。
むしろ、破格だ。
だが。
「……少し、考えさせてください」
ミレアは、すぐに頷いた。
「当然です」
無理に迫らない。
「明日でなくていい。あなたの工房が、潰れる前であれば」
それだけ言って、扉へ向かう。
去り際、振り返った。
「あなたは、選ばれる側ではありません」
一拍。
「選ぶ側です」
扉が閉まる。
静かな工房で、カイルは一人残された。
――選ぶ側。
そんな立場に立った覚えは、なかった。
だが、確かに。
このままでは、続けられない。
机の上に置かれた札を見つめる。
「……逃げ道、じゃないな」
それは、前に進むための条件だった。




