第十話 最初の弟子 ⑤
「……先生?」
「マリアが?」
「はい、先生は自身の魂をこの魔素石に閉じ込めることに成功しました。正確には魂だけではなく、魔力全体を閉じ込めたわけですが、それについて議論をする意味はないでしょう」
「肉体を持たない純粋な魔力を閉じ込める方法はない。肉体から切り離された魔力はすぐに霧散してしまう」
アランが言った。
「一般的にはそうです。というよりも、アラン様のいた頃はそうだった、と言った方が適切かもしれません。魔術師は百年近い時間をかけて、魔力自体を射出する攻撃方法を編み出しました」
それは私もアランに教えられたので知っている。アランが魔力を攻撃に使うなどと嘆いていた。私は発射してすぐ消えてしまったが、アランは撃ち出すことができた。
「あれは瞬間的なものだ、維持できるものではない、一瞬で消えてしまう」
「もちろんです。ですが、その『一瞬』があればいいのです。具体的には、『死の一瞬』です。その一瞬、魂を含むすべての魔力を放出し、閉じ込めればいいのです」
「理屈はわかるが……」
「この技術とあわせて、三つの条件があります。まず、これを行うのが魔術師であること。魔力をコントロールする必要があるのですから、魔術師でなければなりません。次に、反射結界が張れること。魔力が散逸し、魔素に転換されるのを防ぐため、魔力の行き来を制限する反射結界が必要になります。その程度の技術は必須です」
「他の人が結界を張るのじゃダメなんですか?」
私の質問に、彼女が溜め息をつく。
「自己結界は自分の世界に対する認識を拡張する方式です。今回の場合は中心点が自分でなければ意味がありませんから、自分で結界を張る必要があります」
「そう、かも」
「反射結界を張り、死の直前に結界を集束させて魔力を限りなく点に圧縮します。それを特殊な魔素石に込めます。これまでの一連の流れを、魔術師本人が自らの意思を持って、死ぬ間際に行います」
「それをマリアがやったと?」
「はい」
死を意識しながら目的を持って魔術が使える魔術師がどれだけいるだろうか。死を目前として、取り乱すこともなく、魔術を遂行できるだけの意思の強さがいる。
「何のためにそんなことを」
「それはもちろん、『復活』するためですよ」
「復活と言っても、彼女の肉体はすでに」
「はい、埋葬されています。遺体を腐敗なく保存し続ける魔術はまだありませんから」
「ではどうやって」
「他人に魂を載せ替えます」
あっさりと彼女が言う。
「そんなことは、いや、そうか、できるのか……」
「はい、アラン様はルネにお会いしていますね。それと同じ方式です。魂の力量が多い方が相手の魂を侵食し、完全に乗っ取りをすることができます」
「……その相手は、あなたか」
「はい」
彼女はマリアの入った魔素石を手の平に載せて、眉を動かすこともなくアランに返した。
「他の参画者はもうここにはいませんし、先生の最期を看取ったのも私だけです」
「でも、そうしたらあなたはいなくなってしまう」
私に言われても彼女は落ち着いた様子のままだ。そのくらいのことはわかりきっているということだ。
「些細な問題です。私はそのために今まで生きてきたのですから、アラン様が生きてここに来たこと、私がアラン様に会えたこと、それはむしろ私にとっては大願の成就なのです」
「本当にあなたが決めたことなの? それじゃ、あなたは死ぬのと同じじゃない!」
「魔術師としての自由意思を持って、私はそれを選択しているのです。目的のためなら自らの死さえも選ぶことができる、それが魔術師です。それに、先生と私は魔力の形が似通っている。乗り換えるのにも適合しているでしょう。それはアラン様がよくおわかりになったでしょうが」
彼女が表情を変えず淡々と答える。その瞳にどのくらいの強さが込められているのか私には読み取れない。
アランが彼女を最初に見たとき、息を呑んだように見えたのは、彼女の中にマリアの面影をどころかで見ていたからだろう。
「マリアがそんなことを望むわけがない。他人を殺してまで自分が生きようなどと、そんなことを私が教えたつもりはない」
「アラン様はそう思われるのですね」
「マリアがそうしろと言ったのか?」
彼女が魔素石を自分の目の前に持ってくる。
「いいえ、明確に言われたわけではありません。ですが、先生がこれを残したということは、そういうことではないのでしょうか」
「しかし……」
「議論の余地はありません。それとも、アラン様は先生に会いたくないのですか?」
その問いかけにアランは答えなかった。
「アラン様は先生の思いを無視して、その『いつか来たるべき魂』と一緒にいればそれでいいのですか?」
それにもアランは返さなかった。
「先生は最期まであなたが生きていると信じていたようです。それであればこのようなことはしなかったでしょう。アラン様が実験に失敗した後、あの場所にも訪れていたようです。城ごと消えてしまったのですから、何か認識結界のようなものが影響しているのだとは思っていたようです。しかし、あの先生ですら結界を発見することができませんでした」
彼女が言っているのは私が無意識で張っていた結界のことだ。
認識結界は、一般の人間なら外からその存在を知覚することができない。たしかに存在はしているのだけど、『ない』ように脳が処理をしてしまい、たとえば結界に向かって歩いているつもりでも自然と結界内に入らないように迂回をしてしまう。
しかしそれはあくまで一般人の話だ。
魔術師であれば通常の認識結界であればその場に『ある』ことはわかるし、力量次第では介入、侵入したり破壊したりすることもできる。それが私の結界には通じなかったのだろう。『あるはず』だとわかっていても、見つけることはできなかったのだ。
認識結界人間の認知を狂わせる結界なのだから、大規模な空間で、しかもそれを維持するのは更に難しい。私の能力というよりも、莫大な魔力の大きさだから城全体を覆うことができていたのだ。アランによれば、認識結界を作ったとしても大抵の魔術師は数メートルがせいぜいらしい。
「それ以来先生はほとんど魔術を使うことなく、研究をすることに力を注いだそうです。『隙間』を発見してからは更に、です。おそらく先生は『隙間』の性質を掴むことは、アラン様がいる結界の内側に侵入することに繋がると考えたのではないかと思います」
「そこまでどうしてマリアは……」
「それは……、やはりそれも先生の口から聞いていただければと思います」
彼女が言いたいことが全くわからないほど私も馬鹿ではないし、それはアランも口にしないだけでそうだろう。
「この魔術は、アラン様に引き金をお願いしたいと思います」
「私に?」
「私に先生の魂を移すためには医療魔術の形式が必要です。血と肉を回復するように、先生の魂を私の一部として埋め込む魔術を行います。アラン様ならできますね?」
「……できる」
「それではお願いできますね」
「しかし……」
「先生の意思です。よろしくお願いします。ただ今日はもう日が暮れそうですし、私にも準備があります。訪問者用の部屋がありますので、そちらでお泊まりください。明日の昼前に魔術を行いましょう」






