第十話 最初の弟子 ③
彼女に連れられて建物のドアを開けて入った。広いエントランスがあり、左右に廊下が延びている。彼女は左側に折れていったのでその後ろを歩く。
「アラン様、私はアンナリーゼと言います。彼女の最後の教え子です」
「あなたも魔術師?」
私の質問に対して、よどみなく答える。
「はい、そうです。先生から魔術を学びました。アラン様ならその程度のことはおわかりかと思いますが」
私が聞いたのに、アランに返しているようだった。
私はまだ相手が魔術師がどうかをすぐに判断することができない。少しずつ慣れてきたとはいえ集中しなければ魔素も魔力も見ることができないのだ。
アンナリーゼと名乗った彼女はゆっくりと長い廊下を歩き続ける。何度か右側にドアがある。そこは教室のように使っていたのだろうか。
「簡単な成り立ちを説明いたします」
彼女は更に遅くなり、一瞬私たちがぶつかりそうになった。
「先生が転送門を発明してから、その理論を構築していく間、世界のゆがみの調査、転送門の設置、管理を行える人材を国中から集めました。多くは才能のある、とりわけ目に優れた子供、特に孤児を引き取り、ここで共同生活をしながら魔術の基礎を教えていました。ええ、はい、私もその中の一人で、両親が死んでまもなく先生と出会い、ここにやってきました。資金の大部分は中央都市から出ていたようです。転送門は画期的な発明でしたから、あわよくば方法を独占したいと考えたのでしょう。先生がどのように交渉をしていたかは今となってはわかりませんが」
彼女が建物の突き当たりまで到達すると、止まったまま、背中を向けて話し続ける。
「アラン様もお気づきでしょうが、転送門の理論そのものはとても単純です。世界がどう『折り畳まれている』がわかればそれでいいのです。中央都市は先生が供給してくる人材を期待した、というのがあるかと思います」
「しかし、私にはそのゆがみがわからない」
私はともかく、アランにさえそのゆがみを見つけることは難しいのだという。それなら並の魔術師には不可能なのではないか。
「知識は認識を書き換える、です」
それを聞いてアランは苦笑したようだった。
「ああ、そうだね、私がマリアによく言っていたことだ。『ある』ことさえ知っていれば、見つけることは難しくない。魔術師として重要なことはそれが『ある』ことに気がつくことだ」
「はい、ですから、それさえわかっていれば、ゆがみを見つけることは難しくありません。慣れの問題です。先生はいつも笑いながら言っていました。私程度が見ることができるのだから、他の魔術師にできないはずはない、と。私は先生を教育者として尊敬していますが、先生のそれは謙遜ではなく、事実なのだと思っています。魔力の量も接続能力も視力も先生より私の方が上です。いいえ、彼女が集めた生徒のほとんどが同じでしょう。先生は、私は天才に教わったが、最後まで私は彼の望む通りにはできなかった、だから、魔術師としての才能と教える能力は別だろう、とも漏らしていました。私は彼が私に愛想を尽かさないかいつも心配していた、と。最後のはもちろん笑いながら、ですが」
マリアが言っていた『天才』というのはアランのことだろう。
「そんなことはなかったよ。努力家ではあった」
アンナリーゼがドアのノブを止めて背を向けたまま言い返す。
「努力家、というのは、才能がないのにもかかわらずあがき続ける者にかける慰めの言葉です。才能がある魔術師も当然のように努力をしているのですから、あえて言う言葉ではありません」
ただその言葉は明るく、冗談でも言っているようでもあった。
「それはマリアが?」
「はい。でも先生は優しかったですよ」
アンナリーゼはドアノブを回してドアを奥へと押した。
「ここで主に転送門の理論について学んだ魔術師は中央都市の援助を受けながらも魔術師協会とは一定の距離を保ち独立して活動をしてきました。その理由は、アラン様なら推測できるかと思いますが」
「私たちは魔術師協会が嫌いだからね」
アランがここで言う『私たち』は彼の師匠を含めた三人のことだろう。
入った部屋は大きな窓から光が射している。その前には机と椅子があった。左右には書棚があり、本だけではなく、紙を無理矢理まとめたような束もそのまま納められているようだった。そこを挟むように部屋の中央にテーブルが置かれ、二人掛け程度のソファが机に向かうように一つ置かれている。
「魔術師協会が魔術を独占することは許せない、という勢力がいます」
「貴族院のお偉方だね」
「はい、特に貴族院に在籍している魔術師が、ですが」
「どういうこと?」
私がアランに聞く。
「魔術師は血によって才能が受け継がれることも多い。その中には貴族もいるということだ。しかし、魔術師協会は貴族を受け入れていない。上の方では繋がっているのは暗黙の了解ではあるが、魔術師は魔術の探究をすることに専念する、という建前がある。本音は貴族に権力を奪われたくないからだ。国家魔術師の認定以外に、各街に魔術師を派遣する権限は魔術師協会に一任されているからね。だから正式に魔術師協会に所属するには貴族の身分を捨てる、少なくとも貴族としての権利を一切使わない、という条件がある」
「知らなかった」
「魔術師としての本分ではないから興味がある方が珍しい。身分が保証されて研究費が出れば大体の魔術師はそれ以上は考えないものだ。魔術師協会の中で偉くなりたいと思う魔術師はそれほどいない。まあ、私たちはそういったものに気にしなすぎてゴタゴタに巻き込まれたのだが」
アンナリーゼが窓そばの机を左手の指でなぞりながら周り、こちらを向いている椅子に座った。机越しに彼女が右手を差し出したので、それに沿うように私たちはソファに座る。
「我々はそういった勢力と手を組み、転送門の普及に努めました。各街の実質的な管理者として魔術師協会が魔術師を送り込んだとしても、転送門の管理権限で物資や人の流れをコントロールできれば対等な立場に貴族院は考えたのでしょう。それは先生の予期していた結果です。先生の目的は、転送門を作り、国の発展に寄与すること……」
彼女が机の上に置かれていたペンを手に取って、トントンと机を叩いた。
「ではありません」
はっきりと強い口調で彼女が言った。
「え?」
「副産物は確かにそうです。しかし先生が目的としたのは、転送門の有用性を示すことで可能な限り多くの転送門を設置することです」
「……設置することそのもの?」
アランが問いかける。
「はい、そうです。先生にとっての転送門はただの実験の延長線上でしかありません」
「それはどういう……」
「それは……」
彼女が言いかけたところで言葉を止める。
「いえ、その話をする一つ確認をしなければいけません」
彼女が机の上にある紙にペンで何かを書き始める。
「設置された転送門を管理することは難しくありません。ある程度訓練をした魔術師であれば誰でも使えるでしょう。ここまで来たということは、アラン様でもできたのではないですか?」
「ああ」
「私たち生徒はその手前、ある歪みがどこと繋がっているのかを知ることに特化しています。つまり、歪みの先を知る、ということです。それはある意味では、歪みをどの程度コントロールできるか、ということでもあります。歪みはもっと幅の広い面での存在なのですから」
彼女が走らせていたペンを止めた。
トン、と一度その紙をペンで叩く。
ぼうっとそこが光った。
「それは、転送門?」
「簡易的な極小の転送門です。この程度なら一時的に作ることができます。先生が学校に選んだこの地域一帯が歪みに満ちているということでもあるのですが」
彼女がペンを沈み込ませる。砂に埋まっていくかのようにペンが飲み込まれていく。
「それで、ですが」
私の右のこめかみにひんやりとした感触がある。
「あなたは一体誰ですか?」






