第九話 双子の星 ③
ポラリスを追うように私たちは階段を上がった。ポラリスはその先の左側にあるドアを開けて中に入っていった。それから半分だけ身体を出して、こちらを手招きした。一度アランと顔を合わせてその部屋に入る。
「カノープス、こっちがアラン、こっちがエミーリアだって」
広い部屋にはテーブルがあり、窓を背にして少女が座っていた。
「初めまして、カノープスです」
ポラリスに比べてとても落ち着いた声で頭を下げた。髪は長く、目を閉じている。
「お兄ちゃんたちは座っていて、今お茶とお菓子を持ってくるから!」
反応する前にポラリスはドアを抜けてドタドタと階段を降りていった。
「えーっと」
「座ってください、お兄さんたち」
「うん、ありがとう」
カノープスに促されて向かい会う形で椅子に座った。
「不思議ですね」
カノープスが言った。
「下でポラリスが言っていたのを聞きました。ご夫婦ということですが、どことなく、繋がっているように見えます。それとも夫婦というのはそういうものなのですか?」
彼女が言っているのは私たちが魔力を共有している、ということだ。今までの魔術師ではわからなかったことが、あっさりとわかられてしまった。アランが言っていた『弱点』のことを思い出す。
「それは……」
「答えにくい質問でしたら申し訳ありません。少し興味があっただけです。他意はありません。私は、そうですね、少し目が良すぎるのです」
カノープスはさっきから目を閉じたままだ。
テーブルの上にあるカップにカノープスが手を触れる。その仕草がどことなく違和感があった。
「私は目が見えません。本当の視力の問題です。わずかに明るさがわかる程度です。ですので、お兄さんたちの顔を見ることができません。ですが、お兄さんたちの魔力を見ることができます。お二人は深く繋がっているように見えました。とても暖かい魔力ですね」
「えっと、ありがとう、なのかな」
「わかりません、私たちは他の魔術師に接する機会がほとんどありませんから」
カノープスが年不相応に優しげに微笑んだ。
「誰か開けてー!」
ドアの向こうからポラリスの声がした。
「ちょ、ちょっと待ってね」
立ち上がってドアを開けてあげる。ポラリスはティーポットと二人分のカップ、それに皿にクッキーが残ったお盆を持っていた。
「ありがとうお姉ちゃん」
ポラリスがお盆をテーブルに置いて、カップにお茶を淹れてくれた。そのままカノープスの横に座った。
想像していた通り、ポラリスとカノープスは並ぶとよりそっくりな顔をしてしているのがわかった。
「カノープス、今日は僕の勝ちだから、こっちのクッキーね」
ポラリスがクッキーを自然な動作でカノープスに渡して、もう一枚を摘まんで口に入れた。
「勝ち?」
「さっき玄関で先に話すのがお兄ちゃんかお姉ちゃんか、カノープスと賭けをしていたんだ。僕がお姉ちゃんって言ったから、僕の勝ち。クッキーの種類をどっちにするか決める権利が僕にできたってわけ」
「そうなの」
「毎日暇だからね、二人で小さな賭けをして遊んでいるんだ」
ポラリスが笑った。
それにあわせてかカノープスも微笑んでいる。
「驚いた」
アランがじっと二人を見て言った。
「どうしたの? 僕たちが双子っていうこと?」
「私は双子なんて見るのは初めて」
「いいや、そうではない」
アランは私を見て、また目の前の二人を見た。
「二人をよく見て」
私は言われたようにポラリスとカノープスを見る。アランが言うのだから外見のことではないだろう。二人の魔力は見える。どの程度の規模かはわからないけど、今日すれ違った他の人より大きく強いことしかわからない。
私が首を振ると、アランが息を吐いた。溜め息だとは思いたくない。
「二人の魔力は、完全に同質だ」
「え?」
「魔力の形には個性がある。基礎的なパターンはあるにしても誰一人として同じ形にはならないのが普通だ」
「それは、二人が双子だから?」
「私は知っている双子たちはそうではなかった。彼らが特別なんだ。いや双子の魔術師など見たことがないから、そういう例がないとは言えないが」
それを聞いてポラリスとカノープスは笑顔を崩さなかった。
「君たちは、それを自覚しているんだね?」
『もちろん』
答えたのは二人同時だった。
「僕たちは生まれてからずっと一緒だったから、それくらいはわかっているよ」
「私たちは最初から魔術師になるべく作られたのです」
「つくら、れた?」
「語弊がありました。魔術師のほとんどは突然変異では生まれません。その魔力の量は血によって引き継がれることが多いことがわかっています。魔術師の両親で掛け合わせをすることで、魔術師を効率よく生み出すことができます」
「それは……、理論的にはそうだが」
「理論的に可能であれば、それを魔術師は試してしまうのではないですか? 名のある魔術師の家系では、それも期待して子を為すのではないですか?」
アランに諭すかのようにカノープスが言う。
「……そうだ、魔術師ならそう考えてもおかしくない」
「その結果、私たちが生まれました。魔術師を生み出すための実験の一つです。それもただの実験ではありません、人為的に魔術適性を持つ双子を生み出したのです」
「そんなことは可能ではない。確率的にもだ」
「どうでしょうか、私たちは『成功例』と呼ばれたらしいので、おそらく多くの『失敗例』があったのでしょう。ただの確率の問題であれば、試行回数を増やせば済むだけです。そうではないでしょうか? 彼らは私たちを『魂の分割者』と名付けました」
「彼ら……、それはもしかして」
「彼らは自らを『参画者』と名乗っていたそうです」
「やはり……」
これまでに出会った魔術師と同じく、アランたちがしていた魂の研究を受け継いでいる組織だ。
「それから『参画者』は……」
アランの質問にカノープスはゆっくりと首を振った。
「知りません。彼らにとって『作ること自体』が目的だったのかもしれません。それから彼らの干渉は受けていません。どこかで観察をしているかもしれませんけど、表向きにはそうです」
「君たちはずっとここに?」
「はい」
「僕らは街の外に出ることが許可されてないんだよ、お兄ちゃん」
ポラリスが返す
「許可?」
「そう、許可。あの一人じゃなにもできない無能の魔術師のせいでね」
ポラリスが笑顔を消して言葉にするのも嫌そうに言う。
「この街には他の魔術師がいるの?」
私の質問にポラリスが答える。
「いるんだよ。まるでこの街が自分のものみたいに我が物顔で暮らしているヤツがさ」
「ポラリス、聞かれるかもしれないよ」
カノープスがポラリスをたしなめる。
「かまわない、どうせ何もできないよ、あの臆病な彼じゃね」
カノープスが息を吐いてポラリスを見た。
「そうね、彼はこの街で聞き耳を立てるくらいしかできないものね」
カノープスが私たちを向く。
「私たちが生まれる前に中央都市から来た国家魔術師がいます」
「だから街の真ん中には行くなって言っていたの?」
「そうそう、あいつは街中に監視用の鳥を放って自分は自分の家に閉じこもっているんだ。閉じこもっているのは僕たちも同じだけどね」
街を飛んでいた鳩はそういうことなのか。
「じゃあ私たちの存在も知られているの?」
「どうかな、人の出入りくらいはわかっていると思うけど、お兄ちゃんたちが魔術師かどうかもわからないんじゃないかな。僕たちに感知結界を任せるくらいだから、その程度の能力しかないよ」
「でも国家魔術師なんでしょ?」
「ただ試験に受かっただけでしょ、他の魔術師がどのくらいできるかって知らないけど。なんか偉い家の出だって自慢してたよ。こんな田舎に飛ばされるくらいの能力しかないのにね」
「ポラリス」
「聞かれたってどうってことないよ。カノープスだって同じこと思っているくせに。まあ、育ての父親って言い方でもいいけど」
「思うのと口にするのは違います」
「はいはい」
「その魔術師は『参画者』とやり取りが?」
「あるかもしれないし、ないかもしれないかな。詳しくは聞いたことがないし、国家魔術師が参画者と繋がっているかどうかもしれない」
「そう」
「あ、カノープス、お茶のおかわり入れるね」
「ありがとうポラリス」
空になったカノープスのカップを見て、ポラリスが立たずに手を伸ばした。ギリギリでポットに触れようとしたせいで、ポットが傾いてしまう。
「あ、止まって」
倒れようとするポットにポラリスが呼びかけるにして言った。ポットは傾いたまま停止した。
「危ない危ない」
ポラリスはちゃんと立ち上がって停止したポットの取っ手を掴んだ。ポットを持ち上げてカノープスのカップにお茶を淹れ、また戻した。
「アラン、今の……」
「ああ」
「どうしたの? お姉ちゃん?」
ポラリスが私を見て言った。
「ポラリス、今、魔術を使ったの?」
「魔術? うん、そうだよ?」
「契約もなしに?」
「契約って何?」
ごまかしているわけでもなかった。
「魔術を使うときに詠唱するでしょ、そのときの契約の文言のこと」
「詠唱? ああ、あの長ったらしいよくわからないやつ。そんなことしなくてもこんな簡単なこと誰でもできるでしょ」
ポラリスが不思議そうに言って、ポットを指さした。
「浮いて」
ポラリスの宣言通りポットが浮いて、私の目の前まで移動する。ポットはそのまま誰に触れられることもなく傾いて私のカップにお茶を注いでいる。
「戻って」
ポットが最初にあった場所に音も立てずに戻る。
「何か変なことした?」
ポラリスが首を傾げた。
「君たちは正規の魔術師の訓練は受けていないんだね」
「うん、僕たちは与えられた魔術書を何冊か読んだだけだよ」
「君たちは何歳?」
「もうすぐ十四だけど」
私とは二歳差か。
「街の外に出たこともない?」
「うん」
「他の魔術師に会ったこともない?」
「実際はどうかわからないけど、あいつ以外に魔術を使っているのを見たことはないよ。小さい頃に参画者が何か使っていたかもしれないけど」
アランが二人が言っていたことを確認して、一度頷いた。
「普通は詠唱なしに魔術を使うことはできない。慣れていればだいぶ省略することはできるが、完全に無詠唱というわけにはいかない。無詠唱でできるのは結界を張ることくらいだ」
「僕はちゃんと言ったじゃない、『止まって』って」
「あれは……、詠唱とは……」
「まあ、でも、言わなくてもできるけど」
「えっ」
ポラリスが自分のカップを指さした。
カップは宙に浮かんでポラリスの口元まで行き、ポラリスは口をつける。それから静かにカップはテーブルに戻る。
「ほらね」
横のアランを見ると、今までで一度も見たことないような呆れ顔をしていた。誰もいなければ頭を抱えていたかもしれない。
「カノープス、あなたもできるの?」
「はい。ポラリスよりも精度は落ちますが」
「カノープスはね、見えなくてもできるんだ。隣の部屋の物だって動かすことができるんだよ。二人で手を繋げば、かなりの範囲までできるよ」
「君たちは、なんという……」
アランは言葉を失っているので代わりに私がポラリスに言う。
「あのね、物を動かす魔術ってとても難しいの。熟練の魔術師でも物を浮かすにはそれなりの魔力を使うから。それを詠唱もせずに使える人なんて世界を探してもいるのかどうか」
「それってすごいの?」
「すごいっていうか……」
「はっきり言ってしまえば、異常、の一言に尽きる」
「ふうん」
ポラリスはあまり興味がないようだった。
「それはきっと神様が与えてくださったのでしょう。私たちには不要でしょうけど」
カノープスが言った。
「神様?」
「はい。すべては神様がお決めになったことです」
「神様を信じているの?」
「信じる? いえ、違います。神様は『いる』のです」
力強くカノープスが言い切った。
「魔術は神様が与えてくださった人間の力です。そうでなければ、なぜ人にこのような能力があるのでしょう」
「魔術は人間が見出したものだ」
「それも神様の選択の結果です。私たちのすべては神様の采配によって成り立っています」
「魔術は人間の意思の結晶だ。人間が世界を理解するために生み出した理知の力だ」
二人の間にポラリスが言葉で割って入る。
「まあまあ、カノープスもお兄ちゃんも、そんなに言い合うようなことじゃないって。僕とカノープスは神様がいると思っているし、お兄ちゃんはそうは思っていない、それでいいじゃない」
「そうね、ポラリス。すみません、少し意地になってしまいました」
「私も強く言いすぎた」
「はい、じゃあ仲直り」
ポラリスがカノープスとアランの前にクッキーを置いた。
「ポラリス、あなたたちの魔術については誰か知っているの?」
「うーん、あいつは知らないと思うな。せいぜい結界が張れるくらいだと思っているんじゃないかな。だから誰も知らないと思うよ。僕たちを作った参画者が何か知っているかもしれないけど」
「もし君たちにその気があるなら二年後国家魔術師の試験を受けるといい。彼らは君たちを歓迎するだろう」
「僕は魔術師になりたいってわけじゃないし、カノープスとこの家の庭の手入れをするだけで僕たちは十分だよ」
「私もポラリスといられればそれでかまいません」
「才能があるのにもったいない」
「それを活かすかどうかは僕たちが決めることじゃない」
「神様が決めること?」
「そう」
ポラリスは笑顔で返した。






