第八話 変わるもの変わらないもの ⑧
再び、目を開ける。
今度は横にアランがいた。
そこでこっち側が現実だと知る。
「どうしたの?」
こちらを見たアランが聞いた。
「え、うん。ちょっと変な夢を見て」
アランの手を離して自分の頬に触れる。
涙を流した跡があった。
「もう一度、お屋敷に行っていい?」
「それは構わないが」
「うん」
身支度をして宿屋を出て、私の、今は私ではない人たちが住むお屋敷に行った。
扉を叩くと、昨日と同じくペトラが出てきた。
「ああ、昨日の、あの……、まだ誰もいなくて」
「お願いがあるの」
「ええ、と、はい」
彼女は戸惑いながら受け答えをしている。
「二階のあの部屋は、今は誰が使っているの?」
私が階段の先を指さす。彼女はその指の方を見た。
「……私の部屋です」
「見せてもらってもいい?」
「え? でも……」
「ほんの少しだけでいいから。置いてあるものとかには触らないから」
「……わかりました」
「ありがとう」
「でも……」
「ああ、うん、アランはそこで待っててね。女の子だものね、見られたくないよね」
「はい」
強引かもしれないけどペトラの許可をもらって、私はアランと荷物を置いて彼女と一緒に彼女の部屋、つまり、かつて私の部屋だったところまで案内してもらう。
「ここです」
「うん」
ドアも同じだ。ただ時間が経って多少古びているが、それだけだ。彼女がドアを開けて先に入り、それから私も入る。
ベッド、机、クローゼット、書棚、すべてがまるで昨日まで私が使っていたかのように記憶の通りだった。違いは私かペトラかだけだった。
「大丈夫?」
ペトラが部屋の中央にいた私に話しかける。そこで私が震えているのがわかった。それを心配してくれたのだろう。
「うん」
また部屋をぐるっと見回す。
「ペトラちゃん、今何歳?」
「え、この間十歳になったばかり」
「これは誕生日につけた傷?」
私は窓まで行き、木枠の右にある線に触れる。
「えっ、そうだけど……、どうしてわかったの?」
線の高さはペトラと同じだ。誕生日の記念にと、私が自分の身長の高さで傷をつけたのと同じことをペトラがしていたのだ。最初から傷があったかどうかはもうわからない。私が残した傷が、それらしい理由に置き換わっているのだ。
「私だったらそうしていたかなって」
「あの……、えっと」
ペトラが私の顔を見上げる。
「エミーリア」
「うん、エミーリアさんは魔術師なの?」
「え、どうして?」
「ハンスが言ってた。あの、アランさんって人の着ている服は中央都市の国家魔術師のものだって。それに、この傷のことも、私以外知らないはずだから」
「そう、私は見習いだけどね。アランみたいに上手にはまだ使えないよ」
魔術か何かで傷のことがわかったのだとペトラは思ったのだろう。
「そう、でも、羨ましい。私にはその、才能がないみたいだから」
彼女は十歳を過ぎている。ベルクグリーン家がそうであるように、十歳になれば魔術師としての才能があるかどうかの魔力量の測定が行われる。それは家が変わった彼女のモール家でも同じで、そこで彼女は十分な魔力量がないことがわかったのだろう。
「そうでもないよ、いいえ、そういうのはよくないよね」
彼女に言いかけたが、もし私がそうであったのなら、これは謙遜には聞こえないだろう。
「便利なこともあるけど、大変なこともそれなりにあるかな。でもこれは私が選んだことだからね、精一杯やるつもりだよ。魔術師というのは生き方の問題で、何をするかはその先にある、ってこれはアランの受け売りだけどね」
「エミーリアさんはどんな魔術師になりたいんですか?」
今までに出会った魔術師が思い浮かぶ。
「私は……、そうだね、まだ見習いだけど、みんなを幸せにしたいかな。魔術を使える人も使えない人も、みんなが幸せになれるようになりたい」
「いいですね」
「ペトラちゃんもそういうのが見つかればいいね」
「うん」
初めて彼女が笑顔を見せてくれた。
私が窓越しに外を見る。
四角く切り取られた景色の先に、知ったものがあった。
「部屋を見せてくれてありがとうね。私ももう行かなくちゃ」






