第八話 変わるもの変わらないもの ①
簡単に舗装された道を二人で歩く。
心がざわついている。
私が見たことがある景色が続いているからだ。右手側に拓けた平野があり、左側のずっと奥にはこの国と向こう側の国を隔てている山脈が見える。
私たちの家は建前は国境の守るという役目があったが、あんな山を越えて攻めてくるわけもなく、平和そのものだった。街を更に進んだところに平野で国を結んでいる場所があり、アランによれば、そこで一時的な戦争があったらしい。それも私たちが隔離される百年近くは前の話だ。
私の街は畑と牧畜の草原が広がるただの田舎町だ。都市交通的にも重要性はさほどなく、他の街のように壁で囲まれてもいない。家が固まっているが、それぞれの家に農作業のために小屋が点在しているような、そんな何もない場所だ。
「もうすぐだよ」
左手の先にアランの右手がある。手を繋いで並んで歩いている。
一応街の管理区域には入っている。ここから家までは一時間もかからないだろうか。
何も褒めるところがなければ、むしろ貶すようなところもない街。
魔術師ですら常駐していないし、必要ともしていなかった。
だとしても、私がいて、十六歳まで暮らしていた場所だ。
だからこそ私に魔術師の才能があることを知った両親が喜んだのは間違いない。もしかしたらあの大人しい二人にも少しは功名心のようなものがあったのかもしれない。今となっては知りようもないのだろう。さすがに二人は生きていないはずだ。
私がいなくなって、家はどうなったのだろう。
知っている家族はいなくなっているだろう。
私で途絶えているが、通例であれば血縁者に引き継がれるはずだ。私の父も直系ではなかったと思う。それともあれから兄弟でもできただろうか。
この国の身分は基本は血縁主義だ。それに対する異端が魔術師で、その身分制を飛び越えることができる。とはいえ、魔術師の才能もどうやら血によって受け継がれることが多いらしく、伝統的な魔術師の家系というのも存在している。
私やアランのような存在は突然変異なのだ。
見覚えのある牧草地帯が見えた。
時間は経っていても、昨日のことにように思い出せる。城にいて淡々と暮らしていた期間の記憶はどんどん抜け落ちている。あの空間では、時の流れさえ認識できていなかった。
家々が並んでいるのが見え始めてきた。
私の記憶が確かなら、あまり変わっているようにはみえない。建物のいくつかは建て替えられているだろうが、百年程度ではすべてが変わっているというわけでもない。
「まずは家に行かなくちゃ」
行ったところで、という気もしている。
家が続いていたとして、見知らぬ人間が同じ姓を名乗ったとしても不審に思うだけではないだろうか。私の名前が伝わっていたとしても、死んだ人間が勝手に名乗っていると思われるだろう。
それはきっとそうだ。
そもそも私のことはどう伝わっているのだろう。
アランによって行われ、私が二人を閉じ込めた世界の外では、単なる事故として処理されているのだろうか。
私が持っているものの中で家を示すものは、鈴のついたペンダントだけか。
街に入るとなんだか安心してきた。多少変わっていても覚えがある建物がある。元の住民が住み続けているかはわからないけど、私のいた世界が継続していると感じさせるのは嬉しい。
真っ直ぐ行けば私の家がある。この感じだと残っているかもしれない。
一軒の家の前で若い女性が私たちを不審げに私たちを見ていた。
「あの」
「なんでしょうか? 旅の方でしょうか?」
声をかけてみると、彼女は笑顔を作り返してくれた。
息を吸って心を決める。
「私はベルクグリーンの者です。このまま行けばお屋敷に行くことができますよね?」
「ベルク……? なんですか?」
「ベルクグリーンです。ここの領主はベルクグリーンではないですか?」
笑顔だった彼女は困惑した表情になり、首を振った。
「違いますが……。他の街とお間違えではないでしょうか?」
嫌な予感が的中した。
前の街の衛兵が言っていた通りだ。
この時代ではベルクグリーンの名前が残っていないのだ。
「いいえ、ここで合っています。それとも領主が変わりましたか?」
「それは……。あ、おばあちゃん!」
振り返った女性が家から出てきた老婆に言った。腰を曲げた老婆が私たちのところまでゆっくりと歩いてきた。
「これはこれは、国家魔術師様。このような端までよくいらっしゃった」
老婆はアランを見て言った。
「何のご用でしょう。この街は魔術には縁がないところです。近頃は争い事もありませんし」
「この街の領主について伺いたいのですが」
アランがそう言って、私を見た。
「なんでしょうか?」
「領主はベルクグリーンという名前だと聞きました」
数秒の時間があって、老婆が首を振りながら答える。
「いえ、そのような名前ではありません」
「昔からですか?」
「私が小さい頃から領主様は変わっておりません。お屋敷も変わっておりません」
老婆が道の先を見た。
「ベルクグリーンの名を聞いたことも?」
「はい、申し訳ありません。この街の者にもそのような名の者は聞いたことがありません。他の街ではないでしょうか?」
「……そうですか、ありがとうございます」
「何もありませんがゆっくりとしていってください。それこそ国家魔術師様なら領主様に会われれば歓迎してくださるでしょう」
目の前の二人が疑問の表情を浮かべながら私たちは離れることにした。






