第七話 魔術師不要 ⑦
「うう、ん」
ぼんやりと意識が戻ってきた。頭がズキズキする。地面についている左手がひんやりとしている。ゆっくりと目を開ける。小さな部屋に私はいるようだった。簡素なベッドに寝かされている。何の明かりだろうか、天井はほのかに光っていた。窓はない。部屋は土というよりも鉄で覆われているようだった。鉄の部屋なんてあるのだろうか。
上半身を起こす。関節が軋む感触があった。どれくらいの間寝ていたのだろうか。この痛みからいって数時間、というわけでもなさそうだった。
立ち上がって周囲をよくみる。
服は乱れていない。手荒に扱われてもいないようだった。右手で胸に触れる。杖の感触があった。
「あ、アラン」
アランがそばにいないことにようやく気がつく。
記憶を辿るがどうしても思い出せない。
キガサワに何かをされたのは間違いない。
ドアを見る。鉄の扉に格子があって向こう側を見える。ドアに近寄って、外を見ようとした。どうやら通路があるようだった。誰もいない。
声を出して誰かを呼ぼうかとも思ったけど、それに意味はなさそうだった。
部屋をなんとか出てアランと合流してこの街を脱出するしかない。
キガサワは私たちを閉じ込めてどうするつもりなのか。おそらく何らかの魔術を使って、私たちにこの街に留まらせ、この街を管理するために使うつもりなのだ。
狭い部屋を歩いてここを脱出する方法を考える。
もう少し現状を理解すべきだろうか。
ドアを破壊する?
私が使える魔術ではそれはできそうにない。それにキガサワが私を閉じ込めたということは、そういう魔術がドアには効かないとわかっているということだろう。
ベッドに戻り、腰をかける。
重くなった頭を右手でおさえる。
目を閉じて、魔力の流れを感じる。もっとしっかりとあの魔術について学んでおくべきだった。ただ、感覚的には理解できている。私の内にある魔力のイメージを波のように変える。少しずつ、少しずつ、イメージを拡張していく。
うん、そういう感じだ。
私にしてはうまくいっている。
もう一度目をしっかり閉じて、開ける。現実にはない目を開く。
私から延びている細い糸が見える。
糸はドアを突き抜け、まだまだ延びている。
その先端を見つける。
「アラン、聞こえる?」
返答はすぐにはない。
大丈夫、間違ってはいないはずだ。
「アラン」
「……ああ、エミーリアか。ようやく繋がったみたいだ」
成功したみたいだ。
私が繋がっているのはどこかにいるアランだ。通信魔術のような高等な魔術はすぐには使えないけど、私と最初から繋がっているアランなら辿るだけで十分だと思った。
「よかった」
「こちらからも試してはみたが。エミーリア、君は今起きたんだね」
「うん、アランは?」
「私は原則的には眠らないよ」
「……そうだったんだ」
今まで知らなかった事実だ。
「眠って回復する必要はないからね」
「どれくらい経ったの?」
「そうだな、あれから一日くらいだ」
「アランは、動けそう?」
「たぶん君と同じ環境だよ」
「そう。どうするつもりなんだろう」
「キガサワは他人の意識を操る術に長けているんだろう。洗脳のような魔術で私たちの意識を操って魔術を使わせるつもりだ」
「そんなことができるの? 魔術師を操って魔術を使わせる魔術なんて」
そもそも魔術師はその手の魔術に耐性がある。私たち、というか私に魔術を使ったとしても、意識を失わせるのが限界だったはずだ。そうでなければもう操られていてもおかしくない。
「わからない。私の知識ではかなり難しいと思うが、東方の魔術師には可能かもしれない。だが私の知っている東方の魔術師は……。いや、ただその議論をする前にここを抜け出して街を離れた方がいい」
「そうだね、でもどうやって? アランはどうにかできる?」
「残念だが、君と離れて一日しか経っていないが意識を奪われるときに私が抵抗したせいで魔力を消耗してしまった。魔術を使うほどの魔力がない。なんとかこの身体を動かすので精一杯だ」
「わかった。私が迎えに行く」
「迎えに?」
「うん、ちょっと試したいことがあるから。ちょっと待ってて。繋いだままで大丈夫?」
「むしろその方がありがたい。わずかだけど魔力が流れ込んでいる」
「じゃああとで」
アランとのやり取りを終えて、私は大きく息を吸う。
周りに誰かがいることを祈るしかない。
ドアの前まで歩いて、足に力を入れ、思い切り蹴った。
ガーン、という音がする。
もう一度、二度、三度、何度もドアを蹴る。
そのうち、ドタドタと誰かが走ってくる足音が聞こえた。二人いる。
「おい、変な音がするぞ!」
男性が叫んだ。もう一人に向けてらしい。
杖を持って、頭の上でくるりと回す。
これで問題ないだろうか、こちらからはわからない。
「なんだ!? 不審な魔術師を隔離したと聞いているが」
別な男性が返事をする。
格子の隙間から男性がこちらをのぞき込んだ。
私の方を見ているが、目は合わない。
「誰もいないぞ!」
「中を確認しろ!」
ジャラジャラという音がした。鍵束が擦れる音だ。
ガチャガチャとドアが開く。
「おかしい、誰もいない」
二人が入ってくるが、私を見ていない。
成功した。
私は認識結界を私の周りに張り、私の姿が外から見えないようにしたのだ。
足音も消しているはずだけど、それを確かめるのも不安だったのでそろりそろりと二人の背後に回り、ドアを抜けて通路に出ることができた。
ここの人達は魔術師がどのような魔術を使うか知らないのだ。だから、姿を消す方法があることも知らない。通路からドアを見ると、鍵束ごと鍵穴に刺さっていた。アランの部屋をどう開けるのか悩んでいたが、これは都合がよい。鍵束を拝借することにする。鍵を抜いたときにジャラリと鳴ったが、私の内側になった空間から彼らには届いていないようだった。
「アラン、部屋を出たよ」
「よくやった」
「今行くね。これを辿れば行けると思う」
建物は円形のようで、私がいたのはその通路の外側に作られた部屋だった。アランがいるのは正反対らしい。内側の壁の向こうが部屋なのか階段なのかわからない。突っ切れば楽そうだけど、通路に従ってぐるりと回って行く。早歩きで数分だろうか、私がいた部屋と同じ造りのようなドアの前に立つ。
格子の向こう側にアランがいたのが見えた。
「アラン、助けに来たよ」
「ありがとう」
アランは私の姿が見えているようだった。アランの魔術師としての能力からか、アランは私の内側だからからか。
「今開けるね」
鍵束から適当な鍵を探し出していくつか試してみる。五個目の鍵がうまく鍵穴にはまった。ここでも一応音が鳴らないように慎重にドアを開ける。外から見れば、ひとりでにドアが開いたように見えるだろう。それとも、『ドアが開いた』という認識自体が阻害されるかもしれない。より難しいのは後者だけど、それを自分ができているかはわからない。
「アラン!」
行動の割りには心細かったので抱きつきそうになるけど、今は時間を争っている。こちら側でも巡回をしている人間がいるかもしれない。
私がアランの手を取る。相変わらず手は冷たい。
「脱出しよう。問題はどっちに行けばいいかだが」
「私が来たの、途中に内側に行けるドアがあった。そこからどこかに行けるかもしれない。階段があれば。あれ、でも上に行けばいいんだっけ、下に行けばいいんだっけ」
「おそらく、下だ」
「そっか、アランは意識があったんだ」
「動くことはできなかったけどね。君が意識を失えば私は人形のようなものだ」
「気をつける。じゃあ、下に行こう」
二人で手を繋いだまま移動する。私と接していればアランも認識結界の中にいるから外から見えることはないし、少しでもアランに私の魔力を供給しておいた方がいい。
ドアは鍵がかかっていなかった。開けると螺旋階段があった。
「どこまで降りればいいんだろう」
階段はずっと続いているようだった。
「そこまではわからない」
外で誰かが追ってきていないか音を確認しているが、誰も追ってはきていないようだった。カツカツと二人の足音だけが聞こえる。この音は外には漏れていないはず。
一歩一歩進んでいくごとに、頭が重くなっていくのを感じる。
「なんか、調子悪いかも」
「認識酔いだ。狭い範囲の認識結界を長時間使うと、現実の視界とのずれで乗り物酔いみたいになる。君はまだ慣れていないからね。私が感知結界を張るから、一旦認識結界を外した方がいい」
「うん、そうする」
ふっと身体が軽くなる。思っていたよりも負荷が大きかったようだ。
どこまで階段を降りていけばいいのだろうか。
アランが目を閉じる。
「一階は次の階段の先だ。それで外側に出ることができる。夕食を取ったのがそのフロアだ」
「じゃあ……」
「地下がある。誰かいる、いや、広げすぎた。これはキガサワだ。しまった、感知された」
私もそうであるように、魔術師が張る感知結界は内側を把握できると同時に、感知結界に触れたことを他の魔術師も把握することができる。力量があれば、相手の感知結界を破壊することもできる。私が無意識にチェンミィの街でやったように、だ。
「キガサワはこちらへはやってこないようだ。おかしい、私たちを拘束したいのなら向かってくるはず。それともこの距離でも魔術を使うことができるのか? もう敵対しているのがわかっているから無視するつもりなのか?」
アランがぶつぶつと呟いている。
「いや、考える必要はない。向こうが何もしてこないのなら好都合だ」
「アラン……」
「どうした?」
「ドアが……、開かない」
一階についたところで外に出るドアを押そうとしたが、うんともすんとも言わない。
「鍵は?」
「そういうのじゃなさそう」
「魔術的な仕掛けか。触れてみる」
アランが前に立って鉄のドアに触れる。
少しあって、アランが溜め息をついた。
「ダメだ、かなり強い魔術がかかっている。今来た道を戻るか、いや、大勢が待ち構えている。私もまだ認識結界を張れるほどには回復していない」
「それなら私が……」
頭がくらっとして倒れそうになるところをアランが受け止める。
「君も無理だ。つまり」
「彼女に会わないといけない」
「そうなる」
「じゃあ行きましょ」
あっさりと言った私にアランが不思議そうな顔をしている。
「君は……」
「結局、会わないといけない気がしていたから」
私はあの会話の続きはしないといけないと思っていたのだ。
「わかった、そうしよう」
私たちは階段を再び降りていく。階段の最後、突き当たりにドアがあった。
「鍵はかかっていないみたい」
ドアを押して中に入る。






