第七話 魔術師不要 ⑤
「お二人をお連れしました」
最初の扉を抜けて、更にその先の扉の前まで来た。青年が扉の奥に向かって大きめの声で呼びかける。
「入れてくれ」
低い女性の声がした。
青年が扉を引いて先に進むように促したので、私たちは部屋に入っていく。青年は入らないようだった。振り返ると青年は笑顔で小首を傾げる。
部屋には長いテーブルが横に配置されていて、向かい側に女性がすでに座っていた。
「かけてくれたまえ」
彼女が椅子を指し、私たちは彼女に向かいあうように座った。彼女との距離は四メートルといったところか、その真ん中に燭台があった。
アランが何か険しそうな顔をしている。
「この街で監督官をしているキガサワだ」
彼女をじっと見る。三十年も監督官をやっているということは、低めに見積もっても五十以上だろうか。それにしては皺もなく、肩まである黒髪はしっかりとツヤを保っている。
「私はアラン」
「私はエミーリアです。キガサワ? 珍しい名前ですね」
私が言ったのを聞いて、キガサワは鼻で笑った。
「キガサワは姓だ」
「もしかして東方の方ですか?」
アランが探るような控えめな声で聞いた。
「元々はだな」
「その方が珍しいですね。こんなところに東方の方がいるなんて」
「事情は誰にもある。そうだろう?」
まるでこちらを見透かしているように有無を言わせない強さでキガサワが言った。
「ええ」
東方、というのはこの中央都市が治めている大陸から海を渡った先にある別な大陸を指している。こちらの人間は東方大陸と言うが、単に省略して東方とだけ言う人もいる。文化も大きく異なるし、私たちがいた頃はあまり交易をしていなかったはずだ。独特というか、こちら側では東方を遅れていると見なして揶揄的に呼んでいることもある。今はどうだろうか。
「何か言いたいことがあるようだが、まずは食事を楽しみたまえ。故郷の料理でなくて申し訳ないが、最大限のもてなしをしたい」
キガサワはアランを見たまま言った。
「ワインもあるが」
「いえ、ワインは大丈夫です。お水だけで十分です」
「そちらは?」
「私も結構です」
「そうか、私だけ飲ませてもらおう」
部屋の隅で聞いているのか、給仕がワインを持ってきてキガサワの円筒のグラスに注いだ。私たちのグラスには水が注がれる。
半透明のグラスをまじまじと見る。
「これは、ガラスですか? ガラスの容器なんて初めて見ました」
「中央都市にはあると思うが」
「私たちは中央都市から来たわけではなくて……」
「ふむ。それも含めて、あとで話をしよう。まずは乾杯だ」
キガサワがグラスを持ち上げたので私たちもそれにならった。
「この平穏と街の発展に」
それを合図にして料理が運ばれてきた。
小さなパイのようなものにフォークを入れて食べる。
「タマネギのキッシュ? ちょっと酸っぱくてさっぱりして、これはサワークリームですか? あとはベーコンに卵かな。とっても美味しいです」
隣街といえ私の街にはなかった食べ物だ。
「それはよかった」
次に運ばれてきたのは開いた手の平より小さい魚だった。それにオリーブの実と、何か赤い果実のようなものが乗せられている。それに恐る恐る食べると塩辛い、思わずパンを手に取り口の中に放り込む。
「ここで魚が食べられるとは思いませんでした」
「ニシンだ。ニシンの塩漬け」
アランが魚を食べながら私とキガサワに聞こえるように言った。
「私の街では生でも食べられていたが、塩漬けで保存している人も多かった。懐かしい」
「アランの故郷は海があるんだったね」
「そう。そこと比べても遜色ない味だ」
「気に入ってもらえてなりよりだ」
キガサワが満足そうな顔をして行った。
「さて、親睦を深めたい、と言ったところだが、双方に聞きたいことがあるようだ」
まず、私たちを街に入れた理由、そしてここまでもてなしてくれた理由だ。
「ええっと」
私が切り出そうとしたとき、アランが軽く手で私を制止した。
「この街は魔術師を拒んでいると聞きました。過去の戦争のことも。それは事実ですか?」「ああ、そうだが」
「なるほど。ですが、それならおかしいですね」
「おかしいって、何のこと?」
アランにだけ聞こえる声でささやく。
「エミーリア、君ももう少し目を養ってほしいところだが」
アランはキガサワが向き直す。
「あなたは、魔術師ですね?」
「えっ!? どういうこと?」
「魔術師は魔術師を見ればわかると前に言ったね。魔力が十分にあっても魔術師ではない人間というのはいるが、その魔力の流れで自分でコントロールをしているかどうかは魔術師同士ならわかるものだ」
私がキガサワを見る。
私はまだ魔術師としての目をきちんと使えていないから、キガサワが魔力をコントロールしているかも、どの程度魔力を持っているのかもわからない。
キガサワは笑顔を崩さない。
アランの指摘は想定の範囲だとでも言いたそうだった。
「いかにも」
「それが魔術師を街に入れない理由ですね。魔術師に会い、その魔術師にあなた自身が魔術師であることを気づかれたくないから、ですね」
「ああ」
キガサワはあっさりとアランの言葉を受け止めた。
「でもどうして」
私がアランに向くと、アランも私を見た。こういうときは、その理由を自分で考えろ、という意味だ。
この街はかつて中央都市に派遣された魔術師によって壊滅的な被害を受けた。その後、街は外からやってきたキガサワと交渉役に迎え、中央都市とやり取りをした。それ以来、街は魔術師を受け入れていない。それはおそらくキガサワが決めたことだし、街の人々も魔術師に良い感情を持っていないから当然だろう。そして、そのキガサワは魔術師だった。そこから導かれるのは一つしかない。
「あなたこそが、中央都市から来た魔術師だった」
キガサワは笑顔のまま、肯定とも否定とも取れない表情をして答えない。
「どうやったのかわからないが、魔術を使って街の人達に自分を信頼させ、交渉をしたという建前で、中央都市に有利な条件で結ぶことに成功させた」
「この街は平和そのものだ。あれ以来大きな争いもなく、病気が流行ったこともない、街は順調に発展している。それがすべてだ」
キガサワがワインを飲んだ。
認めているといっていい。
「それは……、そうかもしれませんけど、元々はあなたが起こしたことじゃないんですか」
「私が起こしたわけではない、中央都市が決めたことだ。私はそれに従ったに過ぎない」
「そんなものは詭弁です」
「私が行かなかったとしても、いずれ誰かに同じことを中央都市がさせていただろう。もっとも被害が少ない方法で私たちは成功させた。結果が同じなら、私たちは最善を尽くした方だ」
「私、たち……」
「そう、あなたたちは四人で来たのですね」
アランが私とキガサワの会話に割って入る。
「そうだ」
「私にはそれが信じられません。たった四人で数百人に魔術をかけることができるのですか?」
「可能だ」
キガサワが即答する。
「元々、東方の、君たちから見て東方だが、私たちこそこちらが西方だと思うが、東方の魔術というのはそういうものだ。君たちが真理の探究をしている間に、我々は戦争の道具であることを自覚し、時の為政者によって使われてきた。戦争機関である我々は、複数人の魔術師を使う大規模戦闘に特化している。単独の魔術師には為しえないことを、複数人の相互作用で効果を増幅させることに長けている。君たちにとっては野蛮に見えるかもしれないが、そういう風に作られたのがこちら側の魔術師だ。一度そういうものとして使えることがわかれば、その技法が研ぎ澄まされていくのは自然な流れだ」
「認識改変魔術を使うのですね」
「そうだ。我々は人間にある負の感情を利用する。無から新たな認識改変魔術をかけるのは難しい。だから、その負の感情を火種にして、それを増幅させる。これであればさほど困難ではない」
「それで同士討ちをさせた」
「人間というのは、それが仲間であっても、いやたとえ家族や恋人であっても、完全に信用するというのはできないものだ。そのわずかな疑心暗鬼を利用する」
「もしかして、この街を襲った疫病というのも……」
中央都市の敗戦が濃厚になったあとで街に疫病で流行り、残っていた大人たちもいなくなっていったのだと言っていた。
「人間というのは『絶望』に弱い。そして誰しもが絶望の種を持っている。それを増幅させてやれば、人は容易に死んでしまう」
「そんな、それじゃあ。みんな」
「そう、絶望という病に倒れ、自ら死を選んだ。子供たちはまだ戦争に負けるということが何を意味しているのか認識をしていないから、魔術にかからなかっただけだ」
キガサワは口の端を上げた。
「中央都市と今もやり取りをしているのですね」
「ああ。向こうは私が何者か知っているからね。だからといって、過剰に不利な条件というわけでもない。相応な利益も街にもたらしている。彼らは彼らで思うところがある。魔術師に大規模な戦闘をさせたことは、国家魔術師を擁する中央都市にとっても決してよいことではない。そのようなことに魔術師が使える、そして使っているということは、他の街に対して牽制以上に警戒を呼ぶことになる。そうすれば統治に問題が生じると思っている。この街の過去の惨状が明らかになれば同じことだがね。そうなれば彼らは私を切り捨てようとするだろう」
「それがあなたたち、東方の魔術師を使った理由ですか?」
「そうだろう。私たち四人は中央都市とこちら側との密約によって呼ばれたのだ。建前上は魔術研究の発展のためだが、実際は戦闘に優れた東方の魔術師を使いたかっただけだ。中央都市から来たことはわかっているが、国家魔術師ではない魔術師を使えば、最悪言い訳ができるからね、我々は関与していない、と」
「あの……」
アランとキガサワと会話で、気になっていたことを私が聞く。
「あなたたちは四人で来たんですよね? 他の三人はどうしているんですか?」
キガサワはその質問を受けて、長くまぶたを閉じていたように見えた。
「それこそが、君たちを呼んだ理由だ」






