第七話 魔術師不要 ②
街に近づいてきた。
私の記憶とほぼ同じだが、街を囲むレンガ造りの塀はもっと高かった気がする。私の背が伸びたからだろうか。ところどころ補修して新しくなっている。この百年のどこかで補修することもあったのだろう。
街の入り口まで行く。前に馬車があった。検問を受けているのだろう。前に来たときはそこまで厳重ではなかったはず。前、も百年だけど。それでも私が知っている街が今も残っているというのは嬉しい気持ちだ。
「ここね、美味しいお菓子がいっぱいあるんだよ」
横にいたアランに言う。
アランが笑顔で返した。
「まだ店が残っているといいね」
「うん」
馬車が先に行き、私たちの順番になる。
門番というか、衛兵というか、身長ほどの槍を構えた人が両脇に二人いた。
二人は私たちを見て、ぎょっとした顔をした。
衛兵のうち比較的年齢の高い一人が通路の前に立ち塞がり、一人がこちらにゆっくりと歩いてくる。槍を持つ手に力が入っていて、明らかに警戒をしている。
「あんたは国家魔術師か?」
衛兵がアランに向かって言った。彼の服を見て言ったのだろう。
「ああ、そうだ。いや、元だ。今は所属していない」
「中央都市から来たわけじゃないんだな?」
「そうだ。この街には旅の途中で立ち寄っただけだ。できれば数日休息を取りたいが、入れないなら迂回する」
「そこまで言うなら、まあ違うんだろう。だがそれだったらその格好はやめた方がいい」
「どうして?」
「どうしてって、あんたはこの街のこと何も知らないのか?」
大げさに衛兵が言って、アランが頷いた。
「いいや、中央都市から来たわけではないからかもしれない」
「そうか、そうかもしれないな。あんたくらい若いと昔のことなんて知らないかもな。それにあんたに罪があるわけじゃない。でも、その格好を知っている人間はあまり歓迎しないと思うぜ。替えの服があるならそっちを着ていた方がいい」
アランが私を見る。私は首を振った。
「済まない、替えはない」
「そうか。あんたも魔術師か?」
衛兵は私を見る。
「見習いですけど」
「そうか、じゃああんたも気をつけておくんだな。魔術師であることは言わない方がいい。この街では魔術師自体が嫌われているのさ」
「えっと、どうしてか教えてくれますか?」
衛兵はまじまじと私を見て、それからアランを見た。
「ちょっと待っていてくれ」
衛兵は私たちの向こう側を見た。順番を待っている人が誰もいないことを確認したようだった。
衛兵は背を向け、通路を塞いでいたもう一人の衛兵に寄っていって何かを言っているようだった。その衛兵は一度頷き門の近くにある詰め所に行った。
衛兵が戻ってくる。
「三十年前の戦争のことは?」
衛兵が聞いてきた。
私たちが城に閉じこもっていた期間のことなので、衛兵の言う『戦争』というのが何を指しているのか知らない。
「ごめんなさい」
なんだか大事なことを知らないような気がしたので頭を下げる。
「そうか。まあ、戦争というのは言い過ぎだな。この街は中央都市と三十年前にやりやったことがあるのさ。この街があっちの鉱山の採掘権を独占していたっていうのは知っているか?」
「ええ、ああ、はい、それは。鉄鉱石が取れるんでしたっけ」
百年前の知識だが、確かそうだった。
「そう、その権利で、この街は大きな自治権を持っていた。この国に所属しながら、中央都市に真正面から意見を言えるだけの独立性があったんだ。当然向こうは権利を奪い取りたいからたびたび小競り合いはあったが、防衛に専念すればこっちは崩れるわけはなかった。というか、中央都市から離れているから、そこまで向こうも本気じゃなかったんだろうな。圧力はかけてくるが、押し返せる程度だった。それも四十年前までだ」
衛兵が遠くを見た。その方向に鉱山があるのだろう。
「誰が見つけたのか知らないが、その鉄鉱石の中に魔素石が含まれているのがわかった。俺たちには魔素石なんて見てわからないからな、たまたま街に来ていた魔術師か誰かだろう。情報はあっという間に中央都市にも知られた。鉄鉱石ならまだしも、魔素石の鉱山とわかるやいなや、あいつらは目の色を変えて今まで以上の圧力をかけてきたわけだ。向こうは採掘権利の取引を提示してきたが、明らかに不利なことはわかっていたし、いずれすべてを奪うつもりなのもわかっていた。それで自衛のために俺たちは中央都市と争うことになった。それがこの街で言われている戦争だ」
まるで昔を懐かしむように衛兵が言った。
「あなたも」
「いいや、俺はまだ子供だったから戦争には参加していない。だが父親は武器を取って戦った。戦ったというのはおかしいな、ほとんど戦いにならなかった。戦いが成立しなかったんだ。なぜだかわかるか」
衛兵が先にアランを見て、それから私を見た。
先ほどまでの言い方でその理由が想像できた。
「中央都市は魔術師を使った」
「そうだ、あいつらは自分たちのお抱えの魔術師連中、つまり国家魔術師を戦争に持ち出してきた。兵士なら武器を持っている、武器なら武器で対抗できる。だが魔術師には対抗できる術はなかった。あんたらなら、あいつらが何をしたかわかりそうなものだろ?」
アランがかつて言ったように、魔術師が使える魔術のうち、炎を出したり竜巻を起こしたりするものはある。しかし、そもそも攻撃のために学んでいるわけではない、という前提がある。それに一人が使えるものは多くないし、物量で押し切れば戦闘が専門ではない魔術師は不利になる。
アランを横目に見ると苦々しい顔をしていた。
「認識改変魔術だ」
もちろん、そうだろう。
「相手はどれくらいの人数を」
一人の魔術師が同時に認識改変魔術を他人にかけられる人数は少ない。
そのはずだ。
「話によれば、たったの四人だ」
「四人?」
疑問の声を出したのはアランだ。
「そうだ、そのたった四人が、迎え撃とうとした俺たち二百人に変な魔術とやらを使った。結果、俺たちは横にいる相手が誰かもわからず、同士討ちをすることになった」
「そんなことが」
認識改変魔術なら、他人を敵に見せることが可能だろうか。たぶん、可能だろう。ただ、それだけの人数をたった四人でできるとは思えない。
だからアランも訝しんでいるのだろう。
少なくともアランの常識にはないようだ。
「それまで俺たちは魔術師だってただの人間だと思っていた。向かい会えば戦えるだろうし、何だったら話し合いだってできると思っていた。だがそんなのは無意味だってわかった。あんたらが使える魔術とやらは俺たちには理解不能で、守る方法もなく、あんたらは話し合いの余地がない化け物だったってことだ」
「そんな」
「悪い。言い過ぎた。あんたらを責めようってわけじゃない。ただ俺たちはそれで大半は戦闘不能になって、中央都市と不利な条件で採掘権を渡すことになった。まあ、今はもう中央都市の下請けってやつだな。ついでに疫病も広がってしまったのも運が悪かった。戦闘に参加していない街の人間もバタバタ死んじまったのさ。街ごとなくなるなら、の苦渋の決断だった。だから魔術師に良い印象を持っている人間は少ないし、国家魔術師となればなおさらだ。服を替えた方がいいっていうのはそういうことさ。魔術師に向かうのは無謀だとわかっているから表立って何かされるってことはないだろうが、良い顔はされないさ」
「今は街に魔術師は?」
「隠れているんでもなければいないはずだ。まあ、隠れる理由もないだろうから、本当にいないんだろうな」
「そうか」
「今は機械の時代だ。幸い俺たちには鉄鉱石を採掘していたときの技術があったからな、水道も完備しているし、夜は街に明かりも灯される。料理だって薪とは別に、ガスっていうのもあって、全部の家じゃないが、店なんかはそういうのを使って火が使えるっていう話だ。見たことはないが」
夜に明かり?
にわかには信じられない。
「さて、と。」
詰め所に行っていたもう一人の衛兵が戻ってきた。何かを衛兵に伝えている。二人が私たちを見て、笑顔になった。
「滞在許可が出た。期間は三日間、指定の宿屋に泊まってもらう必要があるが、それでよければ。すまないね。魔術師にはどうしてもピリピリしているから。数年前に来た魔術師には街に入らず帰ってもらった。昔よりはまだマシだと思って勘弁してくれ」
「いえ、いいんです。お気遣いありがとうございます」






