第六話 救援、もしくは罠 ⑩
「な、なにを」
「アラン?」
「今この島には三人しか人間がいない。しかし、ニコ、君が島から出ようとすると鷲に狙われる。いつもそうだと言う。鷲にも休息が必要だ。鷲が休んでいないように思えたのは、君が起きているとき『だけ』活動をしているからだ。つまり、鷲を操っているのは君だ」
ニコが解せないという顔をしている。それは私もだろう。ニコが自分が知らないうちに自分を縛るような魔術を使っている、ということだろうか。
それは、かつての私のような。
「私と、同じ?」
「いや、違う」
アランが否定をする。
「おかしいのはニコだ。ずっと気になっていた。私にはニコは一人だが、二人分の魔力を持っているように見える。量ではない、質の問題だ。それは異質な状態だ。一人の人間が複数の種類の魔力を持つことはありえない。君は、本当は誰なんだ?」
ニコが俯く。長く息を吸って、それから吐いた。
顔を上げる。
その顔はさっきまでのやつれた顔ではなく、真剣なまま固定されているような表情だった。真剣というより、無表情かもしれない。
「私は、『参画者』だ」
ニコが低い、落ち着いた声で言った。
「二重人格、みたいな?」
どこかで本を読んだことがある。一人の人間に複数の人格があり、時々切り替わる人がいるらしい。
「違う。それでも魔力は一人分だ、質も変わらない。ニコは、明らかに何かが『混じっている』。それが参画者だ」
「その通りだ。私はルネ、参画者の一人だ」
ルネと言った参画者が答えた。
「通信を受け取った者に、私は魂を伝播させた」
「そんなことが可能だなんて」
「可能だ。現に私がこのようにして存在している」
「魂など……」
自分でたどり着いたことに、アラン自身も驚いているようだった。
「我々はあらゆる角度から『魂の存在証明』をしようとしている。その中の一つが私が行った実験だ。全魔力を解放させ、受け取った人間の中に自身の魔力を強制的に混ぜることに成功した。それが成功したということは、それはすなわち、私の『魂』が確かに存在していたということだ」
アランが探していただろう『魂』の在処をこの参画者は見つけたというのだ。
「それはただの魔力の混在では? その例なら見たことがある」
「『先生』も同じことを言っていたが。『魂』は何人にも侵すことができないと先生は思っているようだったが、しかし、その一方で意思は『魂』に宿る。意思が移せるなら、それは『魂』があるということではないか? 私は先生の発見には少々懐疑的だったが、魂は唯一無二ではない」
「それを死と引き換えに実現したと?」
「そう、私本体は死んでしまったがね、いくつかの人間に伝播することができた。私の肉体が死ぬことはそれほど問題ではない」
「いくつか、の?」
「そうだ、今や私は複数の人間の中に存在している。それぞれが私だ。互いに認識することはもうできないがね」
「魂を分離するなどできるわけがない」
「それが私にはできたのだよ、アラン。君はアラン=ウェーバー、魂の存在証明をしようとした研究者だね。今の時代にも生きているとは思わなかったが」
「どうして私がそのアランだとわかる?」
「君を見ればわかる、と言いたいところだが、我々の師事していた『先生』が言っていた。君が生きていること、もし彼に会うことがあれば、別な物が『混じっている』ことでわかるだろう、と」
混じっているのは私の魔力だ。
「君たちを見てわかった。混じっている、というよりももっと強力なものだ。ほとんど一つだと言ってもいい。よほど目がよくなければそれはわからないだろう。我々参画者は目のいい人間ばかりだから、その差がわかる。もう君は人一人を為すほどの魔力が残っていないのだろう?」
「それは……」
アランが口ごもる。
アランが前に私に説明したように、アランを構成している魔力は大部分が私の魔力だ。私が意図的に引き剥がせば、アランは私との接続を失って死んでしまう。これは他の人には隠し通さなければならない二人の最大の秘密だ。私の存在が弱点だと知られてしまえば、魔術もまだろくに使えない私だけを狙うことで結果的に二人に危害を加えることができる。
「別に君たちをどうする気はない」
「あなたは何をしようとしているの? ニコを閉じ込めたままで」
「今は彼の魂に侵食をしている途中だ。彼の魂を食べ、私の魂に置き換える。最終的には私だけが残る。魂を伝播したうちの一人として私が完成する。それが私のすべてを使った魔術だ。そのため彼には誰にも干渉されない場所に隔離する必要があった。まさかここに誰かが来るとは思わなかった。それは大きな誤算だったが、それが君たちであったのは僥倖だろう」
「それはどういう意味?」
「君たちは私に対して何もできない。アラン、君は彼を救うことができないことを知っている。一度融合した魔力を分離することができないことを知っている」
「でも……」
「君がエミーリアだね。君が『いつか来たるべき魂』か、本当に実在しているとは。半信半疑だったが事実だったようだ」
参画者が妙なことを言い出す。
「なに?」
「いいや、君が自覚するのはもっと先の話だ」
「私のことを知っているの?」
「話には聞いている」
「誰が……」
前に会った参画者であるクロードが言っていて、このルネも言っていた、共通の人物がいる。
「先生?」
「ああ、我々の導き手であり、魂の存在証明をしようとした参画者の創立者だ。今はもういないがね。先生が生きているうちにはここまでの研究はできなかった。我々は散らばり、それぞれがそれぞれの方法で魂の在処を探すことになった。他の人間から聞かないところを見ると、どうやら私が一番手らしい」
「魂とは、肉体が失われても残るのか」
「それは正確ではない」
「どういうことだ?」
「死んだ肉体には魂は残らない。かといって魔素にもならない。これは先生が発見したことだ。そうだ、アラン、君が研究した続きだよ。死すべき者を死なせ、死にゆく者を死なせ、生まれてくる者を死なせ、そうでないあらゆる者を死なせ、生から死を取り除き、それが魔力から魔素になっていく直前に、それでも残るものを探そうとした君の研究の成果だよ。先生や我々はその研究を引き継いでいると言ってもいい」
アランが何をしてきたのか、ルネは私に聞こえるように言っているのだ。アランは中央都市で研究として、人体実験のようなことをしていた、というのか。
何かしらをきっかけにそれが咎められるようになり、中央都市にいられなくなったアランは、あの辺境の城に住むようになった。それでも彼が研究を続けようとしたのであれば、それが『私』だったのではないか。
「これからまだ私にはすることがある。魂の存在証明など、参画者の計画の一つでしかない。君たちの助力があれば研究は更に先に進むだろうが、どうだろうか」
ダメだ。
頭がぐるぐるする。
今はアランの顔を見ることができない。
「ニ、ニコは」
意識を切り替えようとして振り絞ってルネに聞く。
「もうじき、この身体は私の物になる。ニコには悪いが、彼は消滅してもらうことになる。魔素になることもない、完全な消滅だ」
「助けることは」
「できない」
ルネはきっぱりと言った。






