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【5/2コミカライズ一巻発売】【完結保証】およそ100年幽閉されていた魔術師夫婦は世界を巡る  作者: 吉野茉莉
第六話 救援、もしくは罠

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第六話 救援、もしくは罠 ④

「ここ?」


 ニコが言っていた湖まで来た。


 湖といっても左右の端が何とか見える程度だ。


 波はほとんどない、静かな水面だ。


「魔術師はいなかったね」


 ここまで誰にも会わなかった。


「隠れているだけかもしれない。用心しておくことにこしたことはない」


 相手も同じく認識結界を使っていないという保障はない。


 お互いに頷き合う。


「ニコ、湖まで来た」


 アランが言う。


 今度の返答はすぐだった。


『アランか! 俺のためにありがとう! 真ん中に島があるのが見えるだろ? そこに閉じ込められている』


「島?」


『そうだ、島が見えないのか?』


 たしかに小さな島がある。


「ああ、ある」


『家が建っているのがわかるか?』


 島の上に、小さな一軒家があった。というよりも、一軒家があるだけで島の敷地をすべて使い切ってしまっている。


「舟があるのか?」


『いや、舟はなかったと思う。アラン、あんたは水上歩行は使えないのか?』


「水上歩行は使えるが……」


『あんたが俺を疑うのはわかる。俺も現状がどうなっているのかイマイチわかっていないんだ。それでもいいなら、頼む』


「ニコ、君はどうして自分がいる場所がわかったんだ?」


『それは……、うまく説明ができない。とにかく、ここまで来てくれ』


 アランが杖を掲げている私に向く。


「怪しい。すべての情報を明らかにしようとしていない。危険すぎる」


「でも」


「それでも行くべきか、君が決めて」


「行く」


「島で何かあってもすぐに離脱はできない」


「行く」


 重ねて私が返す。


「君の選択を尊重しよう」


「アランは優しいね」


「弟子の言うことはとりあえず尊重するのが師匠の務め、失敗も経験のうちだ。それに、私は君から離れて生きられないからね」


「そういう言い方はやめて」


 アランが言っているのはロマンティックな話ではなく、事実として私からの魔力供給がなければ死んでしまうということを言っている。私が供給することを拒絶すればどうなるか、アランも私も知っている。


「そうだね、今のは言い過ぎた」


「うん」


 だからこそ、それを理由にはしたくないし、してほしくもない。


「その代わり、君が水上歩行を使う。君が単独で帰ることになるかもしれないから、その練習だ」


「単独で?」


「何が起きてもおかしくない、という意味だ。水上歩行はちゃんと覚えている?」


「ええっと」


 波打ち際すれすれまで行って、屈んで杖で水面を叩く。ピシャピシャと音を立てる。横にはもうアランがいた。


「大丈夫、だと思う」


 鞄を開けて、中から服を繕うための裁縫道具が詰まった小さい箱を取り出す。そこから小さな針を取り、人差し指の先を突く。多少痛みが走ったが、我慢できなくもない。突いた先から血が少しあふれ出る。その血を杖の先につけた。


 アランと話し合った私が魔術を使う方法。


 世界に『私の内側』を作り出すために一番簡単なのが、媒介としてアランを使うか、もしくは私の内側そのものである血肉を使うかだ。


 それからアランと私の靴を杖で叩いて水をつける。


「主よ契約を

 我のわずかばかりの糧を捧げる、

 水は土に、

 風は土に、

 ただそこにあるように願う、

 そうあれかし、

 そうあれかし」


 詠唱は魔術師の魔力と魔素との間で行われるものだから、特定の魔術に特定の詠唱が存在するわけではない。接続が上手くいくのであれば、どのような文言でもいい。私は単に読んだ魔術書に例として載せられていた文言を読み上げているだけで、頭の中で魔術の結果為されることを想像することが大事だ。イメージが先にあり、その結果が後追いでやってくるのだ。


 足先で水をコツンと叩く。きちんと固くなっている。


 水上歩行は進行方向の水を氷のように固める魔術、ではない。それだとどこまでも魔術を使い続けなければいけない。魔術を使うのは靴の方だ。靴に接触している液体の部分にだけ作用して瞬間的に固める。


 アランも自身の靴を水の上に乗せて確かめている。


「一応機能はしているようだ。初めてにしては十分。渡りきるまで保てばいいが」


「不安ならアランがやってよ」


「まあ、切れたときは私がやるよ」


 魔術が水の上で切れたら一瞬で沈んでしまうのではないか、と思ったけど、アランならその一瞬で魔術をかけるくらいのことはできるのだろう。自信家だとは思うけど、アランに才能があるのは間違いないし、魔術師としての矜持もある。


「それではゆっくりと、滑らないように」


 アランの手を取りながら、魔術を使った私の方がビクビクしながら足を乗せる。大丈夫、魔術は効いている。


 思ったよりもつるつるしている。土のようなザクザク感はない。アランが滑るといったのはこれのことだろう。魔術は靴にかかっているのだから、転んでしまったら靴だけ浮いていることになる。


「ニコ、今から向かう」


『了解した。ここには俺以外誰もいない。建物に入ってくれ、そこで待ち合わせをしよう』


 徐々に島と建物に近づいていく。建物は二階建てで大きめだ。なぜこんな場所に建てられているかはわからない、誰かの別荘のようなものだろうか。今は風がなく波もないが、これが嵐の日などは一階が水浸しになってしまうのではないか。


 確かに人間を隔離するとしたら最適の場所ではあるかもしれない。


 しかし、ニコが魔術師なら水上歩行くらいは使えるのではないのか。


 待ち合わせ、という言葉もおかしい。拘束されているわけでもない、ニコが建物内を移動できるということだ。


 アランに助けに行くことに否定的だったのも仕方ない。


「あれ、何かな」


 島に降り立って、一安心したときだった。


 空に何かがいるのが地面に影ができていてわかった。


 空を見上げる。


「鳥かな」


「鷲だ」


 島の上空を旋回している。こちらには気がついていないのか、無視をしているのか、一定の距離を保って旋回し続けているようだ。降りてくる様子もない。


「下に何かあるのかな」


「そうか」


「なに?」


「下にいるじゃないか、建物に閉じこもっている人間が」

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