第六話 救援、もしくは罠 ②
一時間ほど歩いただろうか。
異変を感じた。
頭の中身が振動したような、耳の奥に水が詰まったような、とにかく妙な違和感が侵入してきた感じだ。
『……だ……か……いて……るか……』
「わっ、アラン!」
アランの手を強く握って顔を見る。アランも同じようだった。ただそれ以上に何かをしているようには見えなかったし、私に何かしようともしていないので、すぐさま危険であるということはないらしい。
「魔術通信だ」
「魔術、通信?」
私が知っている魔術書にも出ているだろうか。何せ百年前のことだからあったかどうかも思い出せない。少なくとも、覚えるほど重要であるとかつての私は思わなかったのだろう。
「魔術師同士がやり取りをするための魔術だ。しかし、これはおかしい」
「おかしいって?」
「魔術通信は通信相手を限定して、お互いに決めた合図を取って、その魔術師間だけでやり取りをする。何の取り決めもない状態の私たちに使うものではない。広範囲に相手を制限せず使うのは効率が悪い。使える人間も少ない面倒かつ難しい方式だ」
「でも、緊急だったら?」
「そう、緊急時には使うかもしれない。いやだったら接続を切ればいい。聞きたいと思うなら意識を少し合わせればいい」
「アランは?」
「とりあえず聞いている。ただこちらから反応をしたという合図は送らない」
「じゃあ私も」
耳を澄ますのと同じ気持ちで心を澄ます。
頭の中で声が響く。
『誰かにこの通信が届いていることを願う。届いているなら誰か応答しているほしい』
声は若い男性のものだった。でも本当に男性であるかはわからない。通信の声だけ違う、ということも可能なのではないか。
『俺の名前はニコ、中央都市の通信魔術師だ。誰かによって隔離されている。誰か聞いているなら助けてほしい。現在地はわかっている。誰か、頼む、通信を聞いていてくれ』
ニコと名乗った通信主は隔離されているらしい。
『隔離したのはおそらく魔術師だ。これを聞いている魔術師がいたら助けてくれ』
私がアランの顔を見る。アランは小さく首を振る。これは何が言いたいかすぐにわかった。
「その魔術師も、この通信を聞いているんじゃない?」
「そうだね、複数人に限定する方法はあっても、選択的に聞かれたくない相手を除外する方法はないはずだから、その魔術師がこの通信の範囲にいるなら聞かれているだろう」
ニコが続ける。
『誰か通信を聞いていないのか。今日で七日経った。一度も隔離した魔術師には会っていない。この通信をその魔術師が聞いているかもしれないという疑問はある。その上で、誰か助けに来てくれ。助けてくれれば相応の礼はしたい。誰か、頼む』
切実な言葉だけが残った。
「アラン、どうする?」
「どうするも何も、どうもしないよ」
「助けに行かないの?」
「彼、ニコと言ったが、彼が本当に隔離されているのか、それを確かめる方法がない。そうやっておびき出して私たちを襲う可能性だってある。よしんば隔離されているとして、彼が言ったように彼を隔離した魔術師が聞いている可能性もある。こちらにメリットは少なく、リスクが大きいだけだ」
「でも助けてくれたらお礼はするって」
その言葉にふふっとアランが笑った。
「百年前からどう変わったかは知らないが、国家に所属する魔術師の給料なんて贅沢ができるほどではない。研究環境が良いから残っているものばかりだ。それに彼は通信師だ。お礼なんてたかが知れている」
「お礼だけがすべてじゃないでしょ」
「お礼の話を持ち出したのはエミーリア、君だよ」
「そうだけど」
「私としては助ける義務もないし、それどころか危険もある、そのようなことに手を煩わせたくないし、君をいつも守れるわけではない」
アランの言うことは正しい。私たちの目的には入っていない。
でも。
「でもアラン、助けを求めている人がいて、それが私たちにしかできないことで、それでも見捨てるっていうのは、あまり気分がいいものじゃないと思う」
「魔術師というのは……」
「アランが言いたいのもわかるよ、でも、やっぱり、助けられるのに放っておくのがいいことだとは思わないよ。魔術師じゃなくて、人として」
「それが罠でも?」
「そのときはそのときで、アランが守ってくれれば」
わかりやすく私が笑顔を作る。
わかりやすくアランが溜め息を吐いた。
彼は私の意思を尊重してくれる。
「わかった。彼の通信に応えよう。ただし条件がある。こちらの人数は伝えない。私だけが会話をする」
「どうして?」
「相手がこちらを襲う気の場合に備えて人数は伏せておいた方がいい」
「うん」






