第六話 救援、もしくは罠 ①
草がまばらに生えているだけの原っぱともいえない痩せた地面を歩いている。街道からは離れているが、この地面のおかげで歩きにくいということもない。
途中立ち寄った村では古びた誰も使っていない空き家を貸してもらって一晩過ごしたが、この近辺では転送門がないため、徒歩で移動するしかないらしい。ただ、街道沿いではない方向にも別な街があり、そこは比較的栄えているし転送門があるという話も聞いたことがある、と村人に聞いて、そちらに向かうことにした。
まだ昼前だ。
「魔術を使う方法は大きく分けて二つある」
横にいるアランが話し出す。
今日の分の講義、というわけだ。
「魔力をそのまま使う方法と、魔素を使って何かに変化させる方法、だよね」
「そう、魔力をそのまま使う魔術は結界や認識改変魔術だ。厳密に言うと魔素を全く使わないというわけでもないし、魔術の補強に使う魔術師は多い。魔素を使う方は……、魔素を使えばあらゆるものに変化させることができる。魔素は万物の根源と言われているからだ。そして魔素を使う魔術では行わなければいけないことがある」
「契約、でしょ?」
魔素を使う魔術では、最初に『主よ契約を』と言うことが多い。それから、何を何に変化させるかを述べる。
「そう、契約をしなければいけない。もっとも、これはただの宣言であって、魔素と接続さえしてしまえば、『契約』にこだわる必要はないとされている」
「アランは、その、神様を信じていないの?」
「創造主のことかい?」
私が縦に頷き、アランが横に首を振った。
「いてもいなくても魔術には影響をしない。だから信じてもいないし、また完全に否定もしていない。ただ……」
「ただ?」
「『契約』によって魔術が起動しない場合がある。多くは魔素の量が使う魔術に対して少なすぎる、あるいは魔素との接続に失敗している、だが、それらも満たしていても魔術が使えないことがごく稀にある。そういうときに魔術師は『創造主の機嫌を損ねた』と言うことがある」
「アランもそう思っているの? 違うってことだよね?」
今度はアランが頷いた。後者に対する同意だろう。
「今はわからない、というだけで何かしかの理由があるものだ。そういうものを明らかにするのが魔術師であって、曖昧なものに理由を押しつけて面倒事から逃げるのは正しい態度ではない」
アランは魔術師として真理を追究するということにこだわりを持っている。それは悪いことではないと思うし、私もアランの弟子として本来そうあるべきではあると思っている。もうちょっと柔軟な考えでもいいとは思うけど。
「エミーリア、君は私がチェンミィを治療したときのことを覚えている?」
「え、ええ、うん」
「あのとき、私の魔術は『契約』が果たされなかった。確かに十分な魔素があったわけではないが、あのときは大丈夫だと思っていた。しかしやはり十分ではなかったのだろう。契約が行われなかったあと、それから私が何をしたのか」
アランはどうしたのか。記憶を辿ってみる。かなり私も慌てていたから、もう薄ぼんやりとしか残っていないが、アランは何を言ったのか。
「そう、アランは『命令』をした」
果たされなかった契約を一旦破棄し、『命令』に言い換えた。
アランは左手に持った杖をくるくる回している。
「『命令』は契約ができなかったとき、強制的に魔術を起動させる方法だ。教科書的ではないし、それができる場合は限られているが、そういった方法がある」
私の読んできた教科書、魔術書には書かれていなかった。
「自身の体内にある魔力を大量に放出して、魔素に変換し、その魔素を使って魔術を行う。世界に対する魔素の量を変えて世界を無理矢理変化させる、だから『命令』と呼ばれている。君の膨大な魔力量を借りたからこそ為しえることで、普通の魔術師はほとんどできない」
「うん」
本に書かれていないのは、それを想定していないからだろう。契約が失敗すれば、それまでのものなのだ。
「君は『命令』によって魔術を使うことができる。元々は君の魔力なのだから、その魔素もまた君の内側であって、命令の方が契約よりも簡単に魔術ができるかもしれない」
「どうして今まで私に教えなかったの? 私にとってはその方が簡単なんでしょ?」
アランが私をじっと見つめる。
何が言いたいのか自分で考えろ、ということだ。
やや間があって、アランが口を開く。
「私の消耗を見ただろう? 治療魔術自体の難しさもあるが、それを命令で行おうとするなら君の魔力を使っていたとしてもかなりの魔力量が必要になる。それにこれは正式な魔術の手順ではない。最初から例外を教えてもろくなことにはならないからね。君はできる、だがそれ抜きで、きちんと契約として魔術が使えるように訓練する、いいね」
「わかった」
「抜け道を探すのではなく、正面から向かいあう、魔術はそれが、それこそが大事なんだ」
アランが杖をしまい、左手で荷物を持ち直した。空いた右手を私が握る。






