第五話 夢を見る村 ⑧
私はアイリーンに向き直す。
「すべてわかってしまったみたいじゃの」
「アイリーン、このアランは、本当はアランじゃないってことなんですね」
「そうじゃ」
アイリーンが頷く。
「彼はぬしが作った夢の中の人物。ぬしが思い描いた存在じゃ」
「本当のアランは」
「別な夢に存在しているんじゃよ」
「個々人の夢が存在していて、彼らは、他の住民をまるでいるかのように考えているだけ」
「その通りじゃ。一人一人別な夢があり、そのすべてをわしが管理しているだけだ」
「じゃあ、アランの言動は……」
「ぬしが思い描く、ぬしにとって都合の良い言動じゃ。ぬしがそうであってほしいという姿をしている」
「そんなの、良くない」
「良くない? いいや、むしろ良いのではなかろうか。現実の彼よりもぬしに寄り添った存在じゃ。不平不満も言わず、いや、ぬしが許容できる範囲で不平不満を言う。ぬしが言ってほしいことを言ってくれる。それが心地よいと思うようになるんじゃ」
「でも、嘘になる。そんな人を愛することはできない。なんでも言うことを聞くなんて、そんな、人形じゃない」
「ままならないものに接するとき人は愛を強く感じることも事実じゃが、人間には優しい嘘も必要じゃ。ここは優しい嘘で満たされておるんじゃ。ここに住んでもいいと決めたのは彼ではなく、ぬしが彼に言ってほしかった言葉で、ぬしが望んでいたことでもあるんじゃよ」
「それは……」
故郷に帰ることを目標にしていた私は、実はアランとどこかに過ごせればそれで良くて、前者はどうなってもいいと思っていたのだろうか。
それは完全に否定することはできないし、たぶん、それを私からではなく、アランから切り出してほしかったのだ。私は故郷に帰ることを『渋々諦める』という工程を取りたかったのだ。
「それで、どうするんじゃ? その事実を知ってもなお、この夢に留まりたいのであれば、それもよかろう」
「そうじゃないなら?」
「今の話をすっかり忘れてもらって、無理矢理閉じ込めることも可能ではあるんじゃが」
「そんな」
「ぬしの夢に多少干渉すれば済む」
椅子に立てかけられた杖をアイリーンが取ろうとする。
「やめて」
私は自分の杖を握った。
「ここは私の夢でもあるんですよね。それなら」
杖を上に掲げる。
ここは私の夢、私が魔術を使う条件である、『私の内側』の範疇だ。
「夢を壊します」
内側から結界を張って広げてぶつければこの夢を壊すことができるはずだ。杖先に意識を集める。
その動作を見たアイリーンが杖から手を離した。
「わかったんじゃ。ぬしは解放することにしよう。わしはぬしが気に入った。私の夢に異を唱える者はそうおらんかったからの」
食卓が消えて、私たちはお互い椅子で向かいあっていた。
「アランはどうしているの?」
横を見ると、アランは姿を消していた。
「夢に満足していればそのままじゃよ」
「そう……」
「まあ、信じることじゃな。そこまではわしは責任が取れん。うむ、おや……」
アイリーンが私から見て左の方を見た。そこには一人の女性が立っていた。ここで記憶を確定させることは難しいが、私が知らない人間のように思えた。だとするとアイリーンの知り合いだろうか。
「奇妙なこともあるものじゃ」
いや、そうではない。
彼女はアランと同じ国家魔術師の服装をしている。彼女はスカートをはいているのがアランと違う。
「なに、ここ。なに、あんたたち」
彼女が緑がかった瞳で私とアイリーンを交互に睨んだ。
「あなたは?」
私が聞くと、彼女は不機嫌を隠さない顔から、はっとした顔に変わった。
「私……、私は……、わからない……」
そう言いながら、彼女は周囲を見渡す。
「何かが混入しておるな」
アイリーンがしげしげと彼女を見ながら言った。
「ぬしが持っている何かの記憶がこの夢に現れておる」
「何かって」
「わからん。まあ、物に宿る記憶の残滓じゃ。じきに消える」
「ねえ、アランはどこ? 私、アランに会わないと」
彼女は私たちを見て言った。
「アラン?」
「知ってるの!?」
彼女の顔が輝いた。
「知ってるもなにも……」
「私、アランに会って、言わなくちゃ……」
「言う?」
「ちゃんと……」
そこまで言いかけて、彼女は霧のようになり、どこからか来た風に吹かれていなくなってしまった。
「なんだったの……」
「わしにはわからんよ。では、起きる時間じゃ。アランとやらが起きていればよいがのう」






