第五話 夢を見る村 ⑦
アイリーンが小さな焼き菓子を口に入れた。
「夢を制御するのにわしの魔力を消費し続けているんじゃ。わずかばかりの補充はされておるが、もう限界に近づいているんじゃ。入ってくる魔力と出て行く魔力の均衡が取れなくなりつつあるんじゃ。まあわしの寿命じゃな。小さい頃ならともなく、大人になって年老いていけば魔力の総量はどうしても減ってしまうんじゃ」
「いつからこの魔術を使っているんですか?」
「そうさな、わしもだいぶ記憶が怪しくなってきているんじゃが、五十年くらいはやっていると思うんじゃ」
「五十年!?」
それは転送門ができたときと同じくらいの年月だ。
「そうじゃ、わしはぬしらの前ではこのような姿じゃが、現実では老人じゃよ」
「それでは、そのために私たちを呼んだのですね」
静かだったアランがアイリーンに確認するかのように聞いた。
「そうじゃ、転送門を通してぬしらを見つけた。夢を継続するために十分な魔力量を持っているぬしら、というよりぬしに夢の管理を引き継いでもらいたいんじゃ。ぬしなら長期間の管理ができるじゃろう」
アイリーンが私の方に顔を向ける。目は閉じられたままだ。
アイリーンの目には、私の魔力量が膨大なことが見えているのだろう。
「私たちは、行かなくては行けない場所があって、ここにいるわけにはいきません」
きっぱりと私が言う。
「ぬしはどうじゃ?」
アイリーンはアランに聞く。
アランは間を取って考え事をしている。
「大変魅力的な提案ですね。私たちも夢の世界に住むことができるのでしょうか?」
「アラン?」
「管理する能力は必要じゃが、ほとんど夢に住むことはできるんじゃよ、わしの能力では魔力量の都合上そこまではどうしようもないというだけじゃ。現実をどうでもよいというのなら、完全に移り住むこともできなくない。渡り歩く手間がないだけぬしの能力的には良いのかもしれないんじゃな」
アイリーンは私が魔術をほとんど使えないということまでは気がついていない。
「そうですか、エミーリア、どうだろう、考える余地はあるんじゃないかな」
「そんな……、私たちは行く先が」
「君の故郷に行ったところで、何かを得られる可能性は低いのは君も薄々気がついているんだろう?」
「それは、でも」
百年経った世界で故郷に戻ったところで何があるのだろう。目的地として他に浮かばなかったからというだけではないのか。アイリーンやアランが言うように、どこかに安住の地があるのであれば、それでいいのではないか。
「君の選択に任せるよ」
アランが優しい顔で言った。
アランは常々よほどのことがない限りは私の選択を尊重する。これはよほどのことではない、のか。
「アランは、どう思うの?」
「エミーリア、君といられればどこでもいいよ」
アランが微笑みながら言った。
その微笑みに違和感がある。
どうしてだろう。
うまく言語化できない。
「私は、アラン個人の意見を聞きたい」
「変わらないよ」
アランが食卓の上にあった私の手の上に、自分の手を重ねた。
「そう……」
だめだ。
何かがおかしい気がする。
違和感を取る方法はなんだろう。
この正体は。
ふと、最初に会った男性のことを思い出した。
あのとき何かが引っかかった。
『どこか』で会った気がするのだ。
慎重に記憶を引き出す。
私が会ってきた人で、彼のような顔をしている人間がいなかったか。
アランの手が乗せられていない右手の拳を握る。
考えろ。
思い出せ。
アイリーンを見る。
彼女は何もしていない。
彼女は何を言ったのか。
そうだ。
彼女は『わし『と』の夢』と言っていた。
『みんなの夢』ではない。
夢という大きな世界を一つ作って全員を取り込むことはできない。
なぜなら私は、この村の住民のことを知らないからだ。それと会うことができるとしたら、それは『アイリーン』の知識からということになる。
だから、これも、『私とアイリーンの夢』に過ぎない。
そう思い至った瞬間、記憶が欠片が浮かんでくる。
そうだ、あの男性は『私の父親』だ。
私の記憶の中から適当な人間を引っ張っているだけなのだ。
姿は父親で、彼の話す内容はアイリーンの知識だ。
私はアランの方を向く。
「アラン、私に教えてほしいことがあるの」
「なんだい?」
「あなたは、国家魔術師として『何を』研究していたの? クロードは『魂の存在証明』だと言っていたよね」
「そうだ」
「具体的にはどんなことをしていたの?」
「それは、答えられない」
「私のわがままを聞いて。本当に答えられない?」
「ああ」
「そう、じゃあマリアさんはどんな人だったの?」
「どんな、そう口の悪い弟子だったよ」
「見た目はどんな感じだった?」
「それは、答えられない」
「答えられない? どうして、秘密にするほどのことじゃないでしょ」
アランが微笑んだまま口をしっかりと閉じている。
「アラン、あなたは答えられないんじゃなくて、『知らない』だけなんじゃないの?」
アランはそれには答えなかった。






