第五話 夢を見る村 ⑥
教会の扉が開いていた。
私たちは中に入る。並んでいた長椅子はなく、真ん中に食卓があった。その食卓の奥側にアイリーンが座っている。長い杖は横の椅子に立てかけられていた。手前側には椅子が二脚あって、私たちはアイリーンに言われるまでもなくその椅子に座った。
普段座るよりもアランとの距離が近かった。なんだか妙な気分がする。ただその違和感がなんなのかはわからない。
「簡単なおもてなしじゃ」
食卓の上にはたくさんのお菓子があり、また季節に関係なく色々な果物があった。手元にはカップにお茶が注がれていた。お茶の中にはあの男性が育てた赤い花が浮かべてある。
「わしが作ったものではない。わしが願ったものじゃ。あとは村人がわしとぬしらのために持ってきてくれたものもあるんじゃ」
何か危険なものが入っているとは思えなかったので、私はカップを持ち上げて口をつける。確かに男性が言ったように甘いような良い匂いがした。アランを見ると同じようにお茶を飲んでいる。
アイリーンがナイフで大きなホールのタルトを分けて、それを皿に乗せてくれたので口に運ぶ。リンゴを砂糖で煮詰めたタルトだ。リンゴは秋の果物だから今あるのは現実ではおかしい。
「どうじゃった?」
アイリーンは目を閉じているのにテキパキと手を動かしている。目を細めているだけかもしれない。
「ええ、と、みんな、あなたを褒めて、感謝をしていました」
「そうじゃな、彼らが本心で言っているとわしも嬉しいんじゃ」
「それから、あなたが魔術師になるところまでの話を聞きました。その後については記憶が曖昧だから知りたければあなたに聞くように言われました」
「面白い話ではないんじゃ」
「でも、できれば知りたいです。ねえ、アランもそうでしょ?」
「そうだね、現代の魔術師がどのような生活をしているのかも興味がある。あなたは村のために魔術を使っているのですね」
「そうか……、まあいいじゃろ、わしが魔術師の才能があったことに気がついてから、村の困窮を改善すべく様々な魔術書を手に入れた。中央都市にわしを送ることも考えたみたいじゃが、もとより困窮していた村にはそれを出す資金はなかった。試験を優秀な成績で合格すれば生活費は何とかなるんじゃが、そこに賭ける気はなかったし、わしのろくに訓練していない状態では、実力で他の魔術師より劣っていることは想像できたからじゃ。それに、中央都市に行けば、何年も、もしかしたら十年以上村に帰ることができなくなるじゃろう。そうすれば最初の目的が果たせなくなるんじゃ。その間にだから村の人たちが何とか集めてくれる魔術書を読み解いて何とかしようと思ったんじゃ。誰にも師事しないことがどれだけ困難かはわかっているつもりだったじゃが」
アイリーンが茶色いケーキを取った。フォークで丁寧に口に運ぶ。やはり目は見えている。
「結果は散々だったんじゃ。四年を経ても解決策は見つからなかったんじゃ。魔術師ではできることが少ないんじゃな。それもたった四年、正規の訓練も受けないわしでは。備蓄は少しずつ減り、いよいよ底が見えかけてきたときじゃ」
アイリーンがフォークを置いた。
「一人の魔術師が村にやってきたんじゃ。彼女は若い魔術師で、わしを見るなり、わしが魔術師の真似事をしていることに気付き、そのような高い才能があるのであれば中央都市に行って国家魔術師の試験を受けるべきだと言った」
彼女はフォークを掴み直してゆらゆらと揺らした。
「彼女が言うことはもっともで、それが結局一番の近道であることもわかっておったんじゃ。しかしじゃ、わしはどうしてもこの場所を離れることができなかった。わしが一番怯えていたことは、わしが中央都市に行って、何年も忙しく研究し、更に向上心が出て、それでいつの間にか村のことを忘れてしまうことじゃった。借りのある村のために尽くすことがわしの目的だ。都市の生活に慣れて自分のために生きることは許されない。だからその助言は断るしかなかったんじゃ」
アイリーンはお茶を飲んで一息つく。
「それを言うと、その魔術師は、まるでそのことを見越してきたかのように一つの方法を提案してきた」
「それが夢に取り込むこと?」
「そうじゃ、夢の中なら過酷な現実のことを忘れることができるんじゃ。わしも最初は躊躇したんじゃ、それが本当に生きていることになるのかどうかがわからなかったからじゃ」
それは、私も引っかかっていた。
夢の生活は現実ではない、夢の中の人生は、それは正しい人生なのだろうか。
「彼女はわしに専用の魔術書を渡し、わしはそれを必死になって習得したんじゃ。習得するために一年使ったんじゃ。村はもう限界に近かったんじゃ。最初に志願したのはわしを拾った男じゃ。あやつは自分が実験台になることを引き受けたんじゃ」
私たちが出会った男性のことだろうか。
「わしはあやつを勇敢じゃったと思うんじゃ。実験的な一週間の期間を経て、もう一度起きたあやつは問題なく過ごすことができたんじゃが、それで住民が少し移住を開始したんじゃ。今では誰も起きることを望んでいないんじゃ。わしは彼らを救うことができたと思ったんじゃが……、しかしこの魔術には一つだけ欠点があったんじゃ」
「欠点……」
アランを見たがアランは静かに目の前のお茶を飲んでいる。こういうときは私に考えろ、という合図だ。
アイリーンが自分の夢のなかに人々を取り込み生活をする。それを引き換えに何を差し出さないといけないのか。
アランが私にしていたことを思い出す。アランは私の夢に入っていたときどういう状態だったのか。
「あなたは、起きていないといけない?」
アランは私の手を取って、私が寝ている間、私に魔術をかけるために起きていたのではないか。
アイリーンが大きく頷く。
「そうじゃ、魔術師そのものは起きていないといけないんじゃ。といっても、夢うつつ、という状態じゃな。どちらの世界にも存在している」
「みんなが会っているアイリーンは」
「わしが作り出した幻想のわしじゃ。わしが現実で、彼らの夢の中をわしの魔術で制御している。だから、『わしの夢の中』という表現は正確ではない。わしが管理する『わしとの夢』じゃ。そもそも彼らはわしに会おうとせんよ、何か問題があったとき介入することはあるかもしれんのじゃが、彼らが思っているわしへの『お伺い』は実際のところ彼らの中で完結していて、私が何かを具体的に何かをしているということはほとんどないんじゃ。夢の中で、『わしに会った』と解釈しているんじゃな」
「それじゃ、あなたはいつ眠っているの?」
「眠っておらんよ」
アイリーンが低い声で答える。
「そんなことはできないじゃない」
睡眠は人間には必須の行為だ。それを避けることは魔術でも難しいのではないか。
「起きている、の状態の問題じゃ。限りなく睡眠のようなものは取る。それは獣がじっとしているようなもので、眠りというよりは休憩だ」
「じゃあ、今私が話をしているあなたは、偽物のあなたなの?」
アイリーンは口の端を上げた。
「この教会だけは現実にかなり近いところにある。現実のわしと夢のわしの中間地点じゃな。どちらにでもいるし、どちらにもいない。その狭間にいることはかなりの魔力を使うから、普段は使うことがないんじゃが、ぬしらは例外だ」
「例外、というのはなんですか?」
「この夢が終わりを告げようとしているんじゃ」






