第五話 夢を見る村 ①
私たちは転送門の前で立ち尽くしていた。
結局街も転送門も見つからなくて数日は街道を歩いていた。誰ともすれ違っていない。時期的なものか、すでに転送門以外の移動方法を取る人がいないのかはわからない。
太陽も傾き始めている。
このままでは今日も野営をすることになりそうだった。
身体もくたくたになりつつ、いったん道を外れて小川に向かった。
そのときだった。
奇妙な明かりがあるのに私が気がついた。
小川を越えた先に、何かが光っていたのだ。
それが魔素の乱れだとアランに教えてもらった私は、魔素が多少なりとも見えるようになってとても喜んだ。かなりはっきりとしたものだったので私にも見えたのかもしれない。 私たちはそこに向かうことにした。
もちろんアランは元々の慎重さでもって、向かうことには消極的だったが、私は私が見つけたものが何なのか知りたかったのだ。
流れが緩く浅い小川を渡って、短い林を抜けて、拓けた場所に出た。
そこにあったのが転送門だった。
転送門というより、何かの遺跡のようだった。古い石造りの建物が崩壊していて、その真ん中にそれがあった。
「どうしよう」
私がアランに向けて言った。
左側にいるアランは困ったように返す。
「どこに繋がっているかわからないものは不安だ」
「でも、また道に戻っても大変じゃない?」
「それはそうだ」
「アランなら開けることができる?」
「たぶん。理論は大体理解している。いや、完璧な理論があるわけでもないようだが」
「やっぱりアランはすごいね」
「どうかな」
ここ数日、私はアランに質問することを避けていた。
猫の姿をしていたクロードのアランに対する評価、『魂』の研究者であり、大罪人であるということ。
アランは何かしらの罪を犯し、おそらくその結果としてあの辺境である城に追われたのだ。処罰を受けなかったのは、それでもアランが優秀だったからだろう。その魂の研究者としての成果を聞きつけ、父親が私をアランの元まで連れていったのだ。最後の手段として。あれはどの程度『最後』だったのだろう。結果として実験は失敗し、私たちは城に空間ごと隔離された。私がいなくなったあと、両親はどうしたのだろう、私を探そうとしたのだろうか。私の家族はどうなったのだろう。百年後にも続いているだろうか。しかし私がいなくなって、家が残っているとも思えない。そんなことを急に考えていた。
「転送門とは」
アランが転送門と距離を取りつつ言う。
「ある一つの仮定に基づいている」
転送門をぐるりと回っていく、私も後ろからついていく。
「『世界』は『歪んでいる』ということだ」
「歪んでいる?」
「そう、たとえば、あそこまでどのくらいの距離があると思う?」
アランが杖を取り出し、崩れた遺跡の先の林を指す。
「えーと、三十メートル、くらい?」
大体だ。
「私たちは世界を正しく認識することを基礎とする。魔素の流れもその一部で、世界を正しく認識した結果見えているものだ」
「私たち、魔術師だね」
アランが頷く。
「そこで多くの魔術師は満足してしまっていた」
「でも彼女はそうじゃなかった?」
彼女とは、アランのかつての弟子であるマリアのことだ。マリアが五十年前にこの転送門を発明したと言われている。
「魔術師としての才能はあまりないと思っていたが、確かに目に関してはそれなりだった。彼女は私から独立したあと、他の魔術師が見ている正しい世界のその向こうを見ることに研究を注いだ。その結果わかったことは、この世界は思っているよりも歪んでいるということだった」
「うん」
「たとえばエミーリア、君が三十メートル先だと言ったあの木は、本当はもっと短いかもしれない、あるいはもっと長いかもしれない」
「距離の感覚が違うの? よくわからない」
「そうだな」
アランは胸に手を入れて何かを取り出した。
「それってクロードの」
クロードが私たちの寝ている間に置いた地図を書いたメモだ。
「まだ持ってたんだ」
「捨てるタイミングを失っていただけだよ」
折りたたまれた紙を広げる。
「こことここの距離がこうだとする」
杖を持ったまま紙の一点と、別な一点を指さし、親指と人差し指で繋げる。
「でも、実際はこうだったとしたら」
指を使って、紙をたたむ。紙は二つになって紙越しに親指と人差し指がくっつく。
「本当の距離はほとんどゼロになる」
「うーん、わかるようなわからないような」
「この点は、魔素がよく集まる場所だ。この二つの点同士が、『正しい』世界では繋がっている。だから、正しい世界に沿うように穴を作ってやることで、この距離がゼロのまま人間が移動できる、というわけだ」
「それじゃあそことそこにしか繋がらないってこと?」
「そういうことだね。だから転送門は特定の地点にしか置けないし、行き先も自由に選ぶことができない。マリアもたぶん任意の点同士を繋げる研究はしただろうが、そこまではうまくいかなかったようだね。魔素を人為的に集め留めることができれば、別な場所と繋げることはできるかもしれないが」
「ふうん」
「正しい世界では繋がっているわけだから、魔術師が魔素を活性化させて起動させれば魔術師である必要もなく、おまけに行き先のことを知らなくてもそこに移動することができる。魔素溜まりが街にあることは少ないだろうし、起動したときに周囲が歪む、いや、歪むではなく正しくなる、のだから結果的に街からある程度離れた場所に作られているのだろう」
「わかったような。でもそれだとその、アランの旧弟子であるマリアさんにしか門が作れないんじゃない?」
「旧ではないが……」
「なに?」
「いや、エミーリア、君が言うことももっともだ。これはマリアの目と努力があってこそのものだ。しかし全部を作り続けたとは思えないから、そういう魔術師を育てたのだろうか、彼女の弟子として」
「ケーリュが学校を作ったって言ってたような」
「そうだったね。徒弟制度ではなく、学校というのがいかにも彼女らしいが、魔素の見方、転送門の作り方、維持の仕方、そういうのを教えていたのだろう」
「マリアさんは今どこかにいるのかな」
「もし生きていたら百歳は過ぎているよ。さすがにもう生きてはいないだろう」
「そっか。会ってみたかったな」
「どうして?」
「うーん、アランのことを聞きたかったかも。あと悪口とか」
「悪口ね、マリアだったら一日中言っていると思うよ」
マリアはそういう性格だったのだろう。アランが昔のことを思い出しているのか軽く笑っている。
「アランもマリアさんに会いたい?」
「まず転送門についての理論をもっと深いところまで聞きたいが……」
「そういうんじゃなくて」
「……まあ、喧嘩別れじゃない弟子と会って文句を言う師匠はいないよ」
「だから……」
「君が何を言いたいのかはっきりしてほしいところだが……」
「人間として、ついでに女性として」
沈黙。
アランが何かを考えている。
どう言うか考えている、というのがちょっとだけ気に触る。聞いたのが私なのでどうしようもない。
「百年ぶりに会えたらそれは嬉しいよ、またあのチクチク言葉が聞けると思うと懐かしくなるね。後者については特に思うところはない」
「そう」
「さて、この門をどうするかだが」
アランが話題を切り替えようとする。
「これは……」
二人が一周したところで、転送門が輝きだした。門にヴェールのようなものがかかり、反対側が見えなくなる。
「転送門が起動したの?」
「転送門は相互作用をするから、向こうで誰かが開けたのかもしれない。向こう側から誰か来るのだろうか」
少し距離を取って私たちは門を見る。
しかし、何の変化もない。
ヴェールがかかったままだ。
「もしかして」
可能性を思いつく。
「誰かが私たちを認識して、こっちに来るように誘導している?」
「それは、あり得る。転送門を起動していない段階でこちらの状況を把握できるかどうかはわからないが、そうしたい魔術師がいるということはないとは限らない」
「じゃあ行ってみようよ」
「……君は相変わらず危機感がないね。もし魔術師が何かのために門を開けているというのなら、それは向こう側に利があるということだ」
「そうだけど、ここで話し続けていてもどうしようもないでしょ、アラン」
「それはそうだが……、いや、待て、光が広がっている!」
門の中だけにあった光が溢れ出てこちらまで浸食している。
「まずい、手を」
アランがこちらに手を差し出す。触れたときには私たちは光に包まれていた。






