第四話 心ない人々 ⑦
アランがそう言ったとき、バチストの表情が固まったように見えた。
「アラン、どういうこと?」
「バチスト、彼は魔術師ではない。魔術師として必要な最低限の魔力を持っていない。だから彼は魔術師ではないし、魔術も使えず、村人の魔術人形を操ることもできない」
「でも、彼の言っていることは」
「おそらく間違いではない。この村は魔術人形ばかりだ」
ドアがわずかに開かれる。小さな影が家に入り込んできた。影はテーブルの上に飛び乗る。影は身体を伸ばす。
「ここから先は私が話そう」
影が高い声で喋る。
「猫が、喋った?」
影は黒猫だ。家の屋根で寝ていた猫だ。
「私の名前はクロードだ」
猫がパクパク口を動かす。
「エミーリア、君はこれが猫に見えるのか」
アランが猫を見た後、私を見た。やや険しい顔だ。
「うん」
「認識改変魔術だ。彼はそれで猫の姿に擬態している。本来は普通の人間だ」
「観測するにはこういった姿になっておくのが一番良いからな」
まじまじとクロードと名乗った猫を見るが、やはりただの黒猫にしか見えない。アランには人間に見えるらしい。魔術師であれば当たり前に気がつくのだろうか。
「お嬢さん、あまり気に病むことはない、私が擬態が得意なだけだ。普通くらいの魔術師では見破れない」
「ってことは、この猫が、魔術師?」
「そうだ、私が彼らを操っている魔術師だ」
彼ら?
クロードが後ろ足で耳を掻いて、アランに向く。
「君は目が良いようだ。私の認識改変魔術の影響を受けず、しかも村人が魔術人形であるとすぐに見抜いた。アランと言ったか。まさか『あの』アランか? いやさすがにそれはないか、それはあまりに偶然すぎる」
「じゃあ、バチストは……」
バチストを見る。彼は無言であるが強ばった顔でテーブルにいるクロードを見ている。
「彼は私の作った『魔術人形』だ。すべては彼のためにある。彼に魔術師であるという記憶を埋め込み、妻のために魔術人形を研究していると思い込ませ、村の魔術人形を操っているという嘘を信じ込ませた。偽物の世界で、どこまで人形は人間らしくなるかを実験していたのだ」
「そんな、私は……、人間で……」
バチストが震えている。
まるで本当の人間のようにショックを受けている。
「アラン、君は彼が魔術師ではないことはわかったが、魔術人形であるところまでは自信が持てなかったようだね。それだけ私の魔術人形が優秀であるということだ」
「彼女は……?」
「ああ、あれはただの人形だよ。魔術人形ですらない。彼にそう思わせるためのただの装置だ」
「紙を置いたのはあなたなのですね」
「そうだ、私は君たちにこの光景を見せたかった。私の創った魔術人形がどこまで人間らしいかを確認してもらいたかったのだ」
「それだけではないのでしょう?」
カカ、とクロードが鳴いた。
「私は、私たちは自分たちのことを『参画者』と呼んでいる」
「参画者?」
「そう、世界中に散らばっているが、我々は一つのことを様々な視点から研究をしている。もし君が『あの』アランなら、それが何なのかわかるかもしれない」
「それは……、いや……」
アランが下を向いて大きく首を振った。
クロードが下半身だけで立ち上がる。
「『魂の存在証明』だ」
「そんなもの、もう」
アランは小声で言う。
「研究は続いているのだよ、アラン。君はやはり『あの』アランなのだね。アラン=ウェーバー! 若くして国家魔術師になった魂の研究者、大罪人にして国を追われ、最後には実験中の事故で死んだと伝えられているが」
クロードは百年前のアランのことを知っているらしい。彼が言う『事故』とは私の実験のことだろう。
魂。
アランは私に実験をした結果、私の魔力が自分の魂と結着したと言った。ケーリュに会ったときも、魂についての研究がどうなっているのか聞いた。
しかし、そうだ、私が学んだ魔術書の中には『魂』について詳細に触れられているものはなかった。魔力は存在しているが、魂は存在しているともしていないとも言われていないのだ。
「どうして私のことを」
「君の様々な研究結果は投棄された。公式には存在していない。国は君が行ったことをなかったことにした。所属していたという履歴さえ抹消した。しかしそれでも、『あった』ものを『なかった』ことにするのは無理なのだよ。欠片でも残っていれば、それを復元し、次に繋げようとする者は現れる。なぜ国に報告しないのか、君は私の魔術人形に問うたね、それは魂の研究が禁止されているからだよ、君のやっていた実験が明るみになりかけ、実に国は『倫理的』になったのだ。今は魔術師は戦争の道具か便利な動力源としてか見られていない、悲しいことだ。そうは思わないか?」
クロードがアランに淡々と語りかける。
アランは魔術師を真理の探究者と言っている。実用的になっただけの魔術を毛嫌いし、武器の代わりに使われる魔術を嘆いている。考え方としては、このクロードに近いのだろう。
「『先生』は君がどこかで生きていると信じていたらしいが、まさか本当だったとは」
クロードは言う。
「君が望めば、我々『参画者』の一員となることができる。君のような天才が加われば仲間は喜ぶだろう。君にとっても研究を再開できるわけだし悪い話ではないと思うが」
アランが悲しそうな顔で私を見た。
「……いいや、私はもう降りた。彼女を家に連れていくことしか考えていない」
それがアランの本心かどうかはわからなかった。
テーブルの下でアランが私の手を握る。
「そうか。我々も君と同じく古い魔術師だ、自己による選択を尊重している。残念だが、君がそういう決断をするなら無理強いはしない」
「ここは……」
「そうだな、彼の記憶を今日の分だけ消して、実験を続けることにする。これから『魂』と呼ばれるものが生まれないとも限らない。他の『参画者』ともやりとりをしよう、君が生きていたという情報は悪いが伝わらせてもらう。そこで気が変わったら仲間に加わってくれ」
私がバチストの方を見るが、そこに彼はいなかった。
バチストは壁際に立っていた。
長い銃を構えている。
「私は人間だ!」
銃は机の上、クロードに向けられている。もはや銃口がクロードに接してしまいそうだった。
「人形なんかじゃない!」
クロードがバチストに向く。
「ここに来たことも、彼女が死んだことも、人形を動かしていたことも、全部覚えている! だから私は人形なんかじゃない! 外の連中なんかと一緒にしないでくれ!」
「それはそう私が君に偽の記憶を植え付けたからだ」
「嘘だ! 私はお前なんか知らない! 人間だ!」
「人形であると言われながら、それに反抗して自分が人間であると主張する。それこそが人間らしいと思わないか?」
その言葉は私たち、というよりもアランに言っているようだ。
「魂があるかは別にして、人間というものはそういうものなのではないか? そうだろう、アラン」
クロードがとことことバチストに近づく。
「やめろ! 来るな!」
バチストの手が震えている。まるで本当の人間のようだった。
「問題ない、ただ今日がなくなるだけだ。まだ生活は続く」
バンッと鳴った。音の圧力で顔が痺れそうになった。咄嗟に耳を塞ぐが当然間に合わない。耳の奥がじんじんとする。
弾き飛ばされた猫が壁にぶつかり床に落ちた。身体から血が流れテーブルを濡らしていく。
「……そうだな、……人間なら、そうするのかもしれない」
猫が途切れ途切れに誰にでもなく呟く。
「この成果を……」
そこまで言ってクロードが静かになった。
猫が砂のように崩れていく。
室内なのに風が吹き、砂を巻き上げる。
猫がいたところにはうずくまっている男性がいた。これが本来のクロードなのだろう。
「あなたたちは」
バチストの銃口がアランに向けられている。
アランは両手を挙げている。左手には杖を持っている。
「今の銃は連発できるのか?」
アランの質問にバチストは答えなかった。
「私は、人間です。そうでしょう?」
反対にバチストの質問にもアランは答えない。
緊張状態で十秒ほどの間があり、何も言わないアランに諦めたのかバチストは銃を私に向けた。
「あなたは、どうですか?」
バチストの目を見る。瞳孔が開いている気がした。顔も引きつっているように見える。相変わらず銃口が震えている。クロードが言う通り、バチストは人形なのだろうか。目を凝らして彼を見続ける。ここで私が魔術師としての目を使えれば何かわかるのだろうか。しかし、アランですら彼が人形であると見抜けなかった。
「……私にはわからない。あなたが人間なのか、人形なのか、私にはわからない。でも……」
バチストがその先の言葉を待っている。
「でも……、あなたが自分のことを人間だと思うなら、それがすべてだと思う」
振り絞った言葉でバチストに言う。
それが正解かもわからない。
人間かどうかを判断する方法がないのであれば、そう返すしかなかった。
バチストはゆっくりと銃を下ろした。
「そうだ、そうだろう、私は人間なんだ」
彼は自分に言い聞かせている。
「私たちは行くよ」
アランが言った。
「もしあなたが自分を人間だと思うなら、彼を埋葬してください」
視線を倒れているクロードに向けた。
バチストは崩れ落ち、膝を床につけ、銃を落とした。
「エミーリア、行こう」
挙げていた右手でアランは私の手を握る。






