第四話 心ない人々 ⑥
塔を下りて目処をつけた家の前まで行く。
ノックをした方がいいかと思っていたけど、ドアはすでに空いていた。私たちが来ることを見越していたのだろう。
「失礼します」
私が先に入り、それからアランが家に入る。
家は広くはないが四人がいるには十分すぎる広さだった。
そう、家の中には二人の人間がいた。
「ようこそ」
椅子に座っていた男性が座ったままで私たちを見た。
「そこに掛けてください」
落ち着いて静かそうな中年の、私から見てもいかにも魔術師、といったような雰囲気を持っている。彼とテーブルで向かいあって、アランと一緒に椅子に座る。
壁には書棚があり、本がぎっしり詰まっていた。その書棚の上には銃身の長い銃が二挺あった。
「私はバチスト。彼女はエタース。私の妻です」
自己紹介をしたバチストは、左手で部屋の隅にあるベッドを指す。ベッドの上には両手をお腹のあたりで組んで横たわっている女性がいた。
私からは彼女は眠っているように見える。
横にいるアランを見る。アランはバチストを見ていてエタースの方は見ていないようだった。
「私はエミーリアです。こっちはアラン、私の夫です」
「そうですか」
「彼女は眠っているの?」
「彼女が眠っているように見えるのですか?」
バチストに返され、はっとしてアランを見る。アランは私を見て、小さく頷く。アランが言いたいのは、君は魔術師として間違った発言をした、ということだろう。
アランがバチストに向かって言う。
「彼女は修行中の身だ。だからまだ目があまり良くない」
「他の魔術師から見て眠っているように見えるのなら嬉しかったのですが、あなたはわかっているようですね。ですからお招きしました」
「どういうこと?」
私がアランに耳打ちをしたが、アランはそのままバチストにも聞こえる声で言う。
「彼女は『生きていない』」
「そうです」
バチストがそれを聞いて言った。
「生きていないって? それって」
「『死んでいる』とも違う。彼女は、そう、人形だ」
アランは少し躊躇いがちに答えた。バチストがどう思うのかわからなかったからだろう。
「エタース、私の妻はずいぶんと昔に亡くなりました。今は彼女の形をした人形がここにあるだけです」
「そうか」
何かに気がついたアランにバチストが笑顔になって言う。
「やはりあなたはそこまで理解しているのですね」
「しかし」
「おっしゃりたいことはわかります」
会話ののけ者にされた気分になって、私がテーブルの下でアランの袖を引っ張る。
「説明して」
「それは」
アランがバチストを見る。
「いいですよ、何事も知識が大事ですからね」
「それなら」
アランがエタースの方に視線を向ける。
「エミーリア、とても基本的な事柄からだ。魔力と魔素の違いはどこにあるのか」
「魔力は人に備わっているもので、魔素は自然界に存在しているもの」
教科書を読み上げるように答える。
「正確には、人以外は極小に過ぎない、というだけですべての生き物が魔力を持つ。小さな生き物、そうネズミや猫から、あるいは植物まで、『生きている』ものが持っているのが魔力だ」
「うん」
「魔素はそうではないもの、自然界に漂うように存在している。この二つは別なもののようで密接に関係している」
「人が死ぬことで魔力が身体から抜け出て、それが魔素に変化する、でしょ?」
魔素は魔力由来の存在だ。だから魔力を操る魔術師が魔素に触れ、それを別なものに変換することができるのだ。私はまだ全然できないけど。
「魔素は長い時間をかけてまた他の生き物に蓄積される。わかりやすいのが植物だ。土や水に染み込んだ魔素は、植物に吸い上げられ、植物そのもの、植物を食べた動物を通して食べ物として私たちの口に入り、やがて身体の中で魔力になる。あるいは単に呼吸で魔素を取り込んでいるとも言える。魔力と魔素はいくつかの性質が異なっているとはいえ、循環していることには変わりはない」
これは基礎の基礎だ。誰でも最初に学ぶ範疇のことをアランは強調して言っている。
「それは知ってるけど」
「では循環の流れを逆転させればどうなるのか?」
「逆転……、させる?」
「人が死ぬと魔力が抜ける。魔力の存在が生命の定義の一つならば、生命ではないものに無理矢理魔力と魔素を流し込み、それを留めることに成功すれば、それは『生命』なのか?」
「……そんなこと、考えたこともなかった」
「それが大元の『魔術人形』の目的だよ。動かすことは結果であって目的ではない。目的は『生命』を作り出すことだ。だがそれは結局成功しなかった。成功しなかった、はずだが」
アランがバチストを見る。
「多くの魔術人形はこちらからの命令に基づいた簡単な動作をするに留まりました。接続されている魔術師と切り離すことはできず、自律的な行動をすることはできませんでした」
「それができたのですね? ここにいる魔術人形は私が知っている魔術人形の領域をはるかに超えていると思います。どうしてこの結果を国に報告しないのですか? ここ数年のことではないですよね? あなたは一体いつから、この実験をしているのですか?」
「いつから……、そうですね、ずっと、ずっと前からです」
アランの問いに曖昧な答えを返す。
「それに私は国に所属しているわけではないですからね」
「しかし、この規模の実験は一人でやれることではない。国に要請をすれば援助も受けられるかもしれません」
「本当にそう思っているのですか?」
「それはどういう……」
「私がしようとしていることを、国が認めるのですか?」
「……ああ、そうですね、そうかもしれません」
バチストが息を吐く。
「外にいる人形は私が動かしているものです。ただし、私との接続はありません。独立して単純な命令を繰り返すことで、そのうち、『何か』が生まれるのではないかという予測を立てています」
「何かって?」
私の疑問にバチストは少し間を置いて返す。
「それが『意識』だとして、それを持っているのは『生命』なのではないでしょうか?」
「そんな……、それを奥さんに?」
「はい。まずは実験段階としての村の人形を観察し、それが一定の成功を見せれば、彼女も蘇ることができるでしょう。彼らより彼女は丁寧に扱っています。少しずつ魔素と私の魔力を与え続けています。今も起こそうと思えば起きます」
「でも、それって本当に奥さんなの? 奥さんの姿をしているだけじゃないの?」
村で会った人も不自然な会話しかできなかった。たとえそれが流暢になったとしても、それは『彼女』なのだろうか。
「それはもっともです。私は彼女が起きると同時に、私が知っている彼女に対する知識を少しずつ教えます。彼女がどのような質問に対してどのような反応をするのか、それも教えます。教えるというか、埋め込む、に近いでしょうし、通常の魔術人形よりもかなり困難な作業になるでしょうが、私はそれをやりきるつもりです」
「えっと、それは」
「エミーリアさん、あなたの疑問に、私は疑問で返さなければいけません。彼女のような姿をして、彼女のような言葉遣いで、彼女のように受け答えする、それは『彼女』なのではありませんか? そうでないとしたら、それは一体何なのですか?」
「あ……」
言葉に詰まる。
私はバチストの質問に答えられない。
身体の中がどうなっているかにかかわらず、外から見えるものがすべてその人のようであれば、それはその人自身であると言えるのか?
「魔術師が人間を創るなんて……」
「何に反していますか? ゼロを一にしているだけです。褒められこそすれ非難するようなものではないでしょう?」
「あ、アラン……」
「それは人間ではない」
私の視線に、アランはきっぱりと答えた。
「人間ではなく、人形に過ぎない。ただの動く人形だ」
「その違いはどこにあるのですか? 誰がその差を保証してくれますか?」
バチストが聞く。
「もちろん、それは、『魂』の有無だ」
「魂? ああ、昔はそんなものがあるとされていた時代もあったようですね。今では誰もそんなものあるなんて思っていないですよ」
バチストが軽く笑いながら言った。
「ないと決まったわけではない」
「あると確かめられたわけでもないでしょう」
反論をしようとするアランにバチストが被せる。
「それは……、そうだが。いや、しかし」
アランが言葉を濁す。普段よりも更に言いにくそうだった。
「それでは、あなたは、なぜ魔術師『ではない』のですか?」






