第十話 最初の弟子 ⑫
アンナリーゼをソファに休ませてしばらくが経った。アランはこの部屋の本を眺めている。私はやることもなく、うろうろしていた。
「う、ううん……」
アンナリーゼが起きたようだった。上半身を起こし、手でこめかみを押さえている。
「あの……」
私が近寄って触れようとしたが、彼女は左手でそれを止める。
「大丈夫です」
「あなたは……」
「自由は効きませんでしたが、先生の声は聞こえていました。発していたのは私ですが」
「そう……」
「どうやら私よりもアラン様の方が先生のことをよくわかっていたようですね。失礼しました」
「マリアは私の最初の弟子だからね」
「私はこれからどうすればいいのか……。このために生きていたと言ってもいいのに……」
「マリアならこう言うと思う」
ふふ、とアンナリーゼが微笑む。
『勝手にしなさい』
二人の声が揃った。
「そうですね、私も先生ならそう言う気がします。それなら好きにさせてもらいます。お二人はこれからどうされますか?」
「私たちは私の生まれた街へ行くつもりだ。そのあとのことは考えていない」
「アラン様の痕跡はありません」
「私のことを誰も知らなくても、私が知っていれば、それで十分だ。それを彼女にも見せたいと思う」
アランが私を見て、アンナリーゼもこちらに向く。
私は大きく同意の頷きをした。
彼女は私の腰の辺りを指さす。
「それは先生の杖です」
「え、これ? あの街で買った……」
城を抜けて最初の街で保管されていたものを買った。
「先生は記憶を取り戻してから一度だけ、アラン様がいたとされる城まで行ったそうです。でも先生には何も見つけられなかった。あなたの結界に気がつくことができなかったのです」
力量の差が大きくなければ、破れるかどうかは別として基本的には魔術師は他の魔術師の張った結界を見ることができる。私の膨大な魔力による認識結界がマリアの目からも私たちを隠していたのだ。
「そのときの先生の絶望を私は推し量ることはできません。そのとき先生は自身の杖を置いてきたそうです」
杖は魔術を使うために必須となるものではない。魔力を一点に集めるために効率がよいというだけで、慣れれば指先でも使えるし、アランなら言葉だけでも魔術が使える。
だが、それゆえに、替えの効く道具だからこそ、杖は魔術師としての象徴のようなものになる。完全に壊れでもしない限り修繕をするし、使い捨てのようにしない。それを自身の手で捨てたということは、魔術師としての自分をやめることにも近い。
「ああ、でも私たちに教えるときは魔術は使っていましたし、研究は変わらず続けていましたよ。先生にとって、その行為はアラン様との決別のようなものだったと、今となっては思います。それがあなたの手にあるのも何か運命的なものを感じます。どうか、先生のためにも大事にしてください」
「うん」
「私はここに残って先生の資料を引き続き調べます。先生が言っていた、『隙間』についても、あなたを『来たるべき魂』と呼ぶ理由についても、何かわかればあなたたちに教えましょう。私も参画者です。転送門を自前で作ることができますから」
昨日彼女がペンでやって見せたようなことが人間が通れるレベルでできる、という意味だろう。
アンナリーゼが立ち上がり、ゆっくりと頭を下げる。
「それでは、お気をつけて、アラン様、エミーリア様」






