第十話 最初の弟子 ⑩
「もう行っちゃうの?」
「ああ」
アランとマリアが立って向かいあっている。
マリアの髪が伸びていて下ろした髪を二つに縛っている。また時間が経っているのがわかる。
「監視拠点への派遣という体で研究室は解体されたが、資格を剥奪されなかっただけでよしとしよう。研究費も生活費も最低限は支給される。査問委員会の落としどころとしては悪くないだろう。エチカ師匠の最後の置き土産かもしれない」
「……派遣って、あんなところに誰がいるの」
「一日歩けば小さな街があるらしい。誰にも邪魔をされない環境ならかえっていいかもしれない」
アランがこれから行く場所は私たちがいた城だ。アランはエチカ師匠の影響で中央都市から追放されるかわりに、他の国家魔術師が各街へ派遣されるのと同じ仕組みであの城に追いやられたのだろう。
「研究、続けるの?」
「いつかエチカ師匠に会ったときに成果を見せないとね。それとも、そうだな、小説を書くのもいい」
「小説?」
「魔術師の才能があるとわかる前は、小説家になりたかったんだ」
「初耳」
「初めて言ったからね」
アランがわずかに微笑みながら言った。
「五年も一緒にいたのに、知らないことばっかり」
「そうだね。エチカ師匠とは十年以上一緒だったが、未だになぜいなくなったのかははっきりとはわかっていない。師匠も自分のことをほとんど話さなかったからね。ただ時間の長短では測れない価値はあった」
「私とも?」
「もちろん、マリアとも」
「そっかあ」
「マリア、君が望むならここに残ることができる。魂の研究を続けるのは難しいかもしれないが、君は新しい目標を見つければいい」
「私は、もう……」
「独り立ちするにははやいが、いずれ訪れたことだ。残るつもりならエチカ師匠の家を自由に使っていい」
「どうするかまだわからないけど、中央都市にはもういない。どこかに行くつもり」
「中央都市生まれの君には旅をするのもいい修行になるだろう」
「うん、ここに縛られるなんて、うん、アランがいないなら、ここには何の価値もない」
「わかった」
「何がわかったのよ、馬鹿。……五年、短かった?」
「まだまだ半人前だ。もっと教えられることはあった。だがあとは自分で全部を決めるんだ。魔術師は、いいやどんな人間だって選択と決断の毎日だ。それに自覚的でなければならない」
「そうじゃなくって、そんな、教科書みたいなこと、今は言わないでいいから……」
マリアが下を向く。
手で自分の服を掴んで震えている。
「私はどこかに、行くの。そのどこかを、もし、私が選んでいいなら……」
アランに聞こえるギリギリかどうかの小さな声。
「マリア」
マリアが顔を上げ、アランを見つめる。
涙が零れているのがはっきりとわかる。
私はアランを見ることができない。
「魔術師として一人前になったらおいで。たぶん私はまだそこにいるよ」
見つめ合ったまま、少し間を置いて、マリアが笑った。
「そうする、じゃあねアラン」
「元気で、マリア」






