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【5/2コミカライズ一巻発売】【完結保証】およそ100年幽閉されていた魔術師夫婦は世界を巡る  作者: 吉野茉莉
第十話 最初の弟子

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第十話 最初の弟子 ⑦

 いつの間にか眠っていた。


 夢の中にいる。


 眠っていることがわかったのは、ここが私がさっきまでいた部屋ではないからだ。


 でも、見たことがない部屋だ。壁には書棚があり、部屋の隅にはよくわからない器具が並んでいる。そこにぼうっと立っている。知らない場所にいる夢を見ることがあるだろうか。いや、あるかもしれない。


「やあ、ひよっこ。元気にしてるかい?」


 部屋のドアが開いて誰かが入ってきた。背の高い大人の女性だ。


「おはようございます、師匠」


 私の横で誰かが喋った。アランだ。テーブルの前にアランが座っていて、何かをペンで書いていて、顔を上げていない。立っている私からは頬しか見えない。少し若い気がする。


「まあもう昼だがね」


「師匠が来るのが遅いだけです。どこで道草を食べていたんですか」


「ちょっとな」


 アランに師匠と呼ばれた女性はややぶっきらぼうな口調で返した。アランの師匠ということは、エチカ、という女性だろう。アランとは違い、国家魔術師の正装をしていない。


「入らないんですか?」


「先にあんたに言いたいことがあるんだ」


「何ですか藪から棒に」


 ドアから一歩のところでエチカが立っている。すらりとした長身で、長く赤い髪をしている。


「この間の試験の結果は見たかい?」


「国家魔術師の認定試験ですか? 見ていませんよ、関係ないですし」


「まあアランならそう言うと思ったんだが。久しぶりに十六歳の合格者が出たのさ」


 アランが手を止めてエチカを見た。


「そうですか」


「さすがのあんたにも親近感がわくんじゃないかい? あんた以来の天才かもしれないんだからね」


「そういう気持ちはないですね」


「会いたいとは思わないかい?」


「いいえ」


「まあいいじゃないか。せっかくだ、あんたは興味ないかもしれないが、あっちは会いたいそうだ。そ、こ、で、だ。私が連れてきてやったってわけさ」


 不敵な笑みでエチカが言った。


 そこで私が目を閉じる。


 この世界が止まってくれるのを願った。


 ここはアランが過去を見ている夢の中だ。


 アランが私の夢の中に入れたのだから、繋がっている私がアランの夢に入れるのも不思議ではない。


 それとも、アランの記憶のどこかに繋がっているのだろうか。


 どちらにしてもそれが良くないことだと咄嗟に思ってしまった。私はアランを受け入れたけれど、アランがそうだという保証はない。アランに聞かないまま、私は立ち入ることが許されるのだろうか。アランが私に気がついている様子もない。ただ私がぽつんといて、これを盗み見ている状態だ。それが良いことであるはずがない。どうすべきだろうか。いや、ほとんど答えは出ている。私は私の勝手な都合として、このまま見続けようとしている。


 だって、次に出てくるのが誰か知っているから。


 それを私が見たいから。


 ただの自己満足で。


 私が目を開ける。


 時間が止まっていたみたいで、エチカの背後から女の子が顔だけ出してアランを見ていた。肩までの黒い髪が揺れた。十六歳ということだから、今の私と同じ年齢か。それでも私より幼いように見えるのは身長のせいだろうか。悪戯っぽい顔で彼女、マリアが笑った。


「久しぶり、アラン」


 はっきりと元気な声でマリアが言う。少しつり上がった緑がかった瞳でアランを見ている。アンナリーゼが持っていた魔素石の色に近い。


「ああ、君か」


 アランが素っ気なく返事をして、マリアが一歩動き、身体全体をエチカから出してエチカの横に立った。


「なんだ知り合いかい」


「ええ、まあ」


「なるほど。彼女はマリア=クレーデル。さっき言った通り、あんたと同じ最年少合格者だ」


 エチカがマリアを紹介した。


 マリアがお辞儀をしたが、わざらしい感じだった。


「どうだい、アラン」


「正直、国家魔術師試験に合格できるとは思いませんでしたが」


 マリアが言った意趣返しなのかアランがそう返した。


「何ですって?」


「魔力も並、接続能力もそれほどではないでしょう。どうやって試験を合格したんですか?」


「アラン、そう言う言い方はよくないね。あんたは若すぎて十六歳まで待ったタイプだ。あんたほどの才能のある人間はそうはいない。それは私が保証する。こっちはまあ、ギリギリ合格ってところだね」


「失礼じゃない?」


 マリアがエチカを見上げた。


「十六で受かっただけでも十分さ。大抵は二十の後半でようやっとだ」


「先生は?」


「私は先生と呼ばれる年じゃないし、講義を持っているわけでもない」


「でもみんな言ってましたよ、この魔術師協会で一番強いならエチカ先生だって」


「強さね、強さで魔術師を計るもんじゃないよ。まあ、私も十六で合格したんだが」


「でしょ? 三人とも十六で受かったんだから難しくないじゃない、少なくとも私たちにとっては」


 マリアは物怖じしないというか、誰とでも対等で話をしているみたいだ。


「それで、どうしたんですか?」


 エチカがアランの正面の横に座って、正面にはマリアが座った。


「こいつは実技に関する試験はまあそこそこだが、筆記試験が前代未聞の満点だったんだよ」


「あのミリアム教授の隅を突くような問題を? 試験時間内に解いて?」


「あんなの簡単じゃない、覚えるだけでいいんだから」


「覚えるだけと言っても並大抵の量ではないはずだが……」


「そんなわけで面白そうなやつだろ? 魔術師としては未知数だが、魔術の研究者としては有望だ」


「かもしれない、ですね。それで拾ってきたんですか? 私みたいに?」


「あんたは私が先に手をつけたから私のものだが、この手のマリアみたいなタイプは人気がないからね、他の連中は血統だの魔力だの接続能力だの、どうでもいいことを重視するが、私たちに必要なのは純粋な知識欲だ」


「人気がないわけじゃないですけど!」


 マリアが反論する。


「まあ、いいじゃないか」


「ということは、私と同じく師匠の弟子になるんですか?」


 アランの言葉にエチカが頬杖をついて笑顔を作った。


「アラン、あんたが試験に受かって何年になる?」


「六年ですね」


「少しはやいとは思うが、そろそろ時期が来たな、そう思わないか?」


「どういうことですか?」


「マリアは私の弟子じゃない、あんたの弟子になるんだよ。どうやら顔見知りみたいだし、ちょうどいいじゃないか」


「え、え……?」


 そこでアランが困惑の表情を浮かべる。マリアは満面の笑顔だ。


「弟子を取れば研究費も増える」


「それはエチカ師匠が弟子を取っても同じことではないですか?」


「それはそうだ。まあ、弟子がいれば国家魔術師としては色々と動きやすくなる。一人前とみなされるからね。あんたに不利益がある話じゃない」


「私は私のことと師匠の世話で手一杯で……」


「あんたの気持ちはわかるが、私は上の方の相手で忙しいから教えられる時間がない。それに、あんたも師匠を選ぶときの原則的なルールは知っているね」


「……師匠側の魔術師は拒否することができない」


「そういうこと、だ」


「例外は」


「弟子の人数が多すぎるときだけ。だからあんたには拒否権がないってわけだ」


「しかし……」


「魔術師は選択を重視する。マリアは魔術師としてあんたを師匠に選ぶという選択をした。それは尊重されるべきことだ、同じ魔術師ならわかるね」


「君が、私を? エチカ師匠ではなく?」


「そうよ」


 マリアがなぜか偉そうに言った。


「……君が望むものは何だ?」


「望む、もの?」


「魔術師として為したいものを聞いている。本来なら聞くべきことではないかもしれないが、君が話せるなら私は聞いておきたい」


「私はね、みんなを幸せにしたいの」


「それはどういう意味で?」


「魔術師でも魔術師でなくても、どんな人でも、幸せを感じられるような、そんな世界にしたいの」


「一人の魔術師には過ぎた思いだ」


「そう? 一人が無理だって言うなら、たくさん味方を作ればいいじゃない。それじゃダメなの?」


「……わかった。承認の手続きを協会に出しておく」


「これからよろしくね、アラン師匠!」


 根負けしたアランに本当に嬉しそうにマリアが返した。

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