第十話 最初の弟子 ⑦
いつの間にか眠っていた。
夢の中にいる。
眠っていることがわかったのは、ここが私がさっきまでいた部屋ではないからだ。
でも、見たことがない部屋だ。壁には書棚があり、部屋の隅にはよくわからない器具が並んでいる。そこにぼうっと立っている。知らない場所にいる夢を見ることがあるだろうか。いや、あるかもしれない。
「やあ、ひよっこ。元気にしてるかい?」
部屋のドアが開いて誰かが入ってきた。背の高い大人の女性だ。
「おはようございます、師匠」
私の横で誰かが喋った。アランだ。テーブルの前にアランが座っていて、何かをペンで書いていて、顔を上げていない。立っている私からは頬しか見えない。少し若い気がする。
「まあもう昼だがね」
「師匠が来るのが遅いだけです。どこで道草を食べていたんですか」
「ちょっとな」
アランに師匠と呼ばれた女性はややぶっきらぼうな口調で返した。アランの師匠ということは、エチカ、という女性だろう。アランとは違い、国家魔術師の正装をしていない。
「入らないんですか?」
「先にあんたに言いたいことがあるんだ」
「何ですか藪から棒に」
ドアから一歩のところでエチカが立っている。すらりとした長身で、長く赤い髪をしている。
「この間の試験の結果は見たかい?」
「国家魔術師の認定試験ですか? 見ていませんよ、関係ないですし」
「まあアランならそう言うと思ったんだが。久しぶりに十六歳の合格者が出たのさ」
アランが手を止めてエチカを見た。
「そうですか」
「さすがのあんたにも親近感がわくんじゃないかい? あんた以来の天才かもしれないんだからね」
「そういう気持ちはないですね」
「会いたいとは思わないかい?」
「いいえ」
「まあいいじゃないか。せっかくだ、あんたは興味ないかもしれないが、あっちは会いたいそうだ。そ、こ、で、だ。私が連れてきてやったってわけさ」
不敵な笑みでエチカが言った。
そこで私が目を閉じる。
この世界が止まってくれるのを願った。
ここはアランが過去を見ている夢の中だ。
アランが私の夢の中に入れたのだから、繋がっている私がアランの夢に入れるのも不思議ではない。
それとも、アランの記憶のどこかに繋がっているのだろうか。
どちらにしてもそれが良くないことだと咄嗟に思ってしまった。私はアランを受け入れたけれど、アランがそうだという保証はない。アランに聞かないまま、私は立ち入ることが許されるのだろうか。アランが私に気がついている様子もない。ただ私がぽつんといて、これを盗み見ている状態だ。それが良いことであるはずがない。どうすべきだろうか。いや、ほとんど答えは出ている。私は私の勝手な都合として、このまま見続けようとしている。
だって、次に出てくるのが誰か知っているから。
それを私が見たいから。
ただの自己満足で。
私が目を開ける。
時間が止まっていたみたいで、エチカの背後から女の子が顔だけ出してアランを見ていた。肩までの黒い髪が揺れた。十六歳ということだから、今の私と同じ年齢か。それでも私より幼いように見えるのは身長のせいだろうか。悪戯っぽい顔で彼女、マリアが笑った。
「久しぶり、アラン」
はっきりと元気な声でマリアが言う。少しつり上がった緑がかった瞳でアランを見ている。アンナリーゼが持っていた魔素石の色に近い。
「ああ、君か」
アランが素っ気なく返事をして、マリアが一歩動き、身体全体をエチカから出してエチカの横に立った。
「なんだ知り合いかい」
「ええ、まあ」
「なるほど。彼女はマリア=クレーデル。さっき言った通り、あんたと同じ最年少合格者だ」
エチカがマリアを紹介した。
マリアがお辞儀をしたが、わざらしい感じだった。
「どうだい、アラン」
「正直、国家魔術師試験に合格できるとは思いませんでしたが」
マリアが言った意趣返しなのかアランがそう返した。
「何ですって?」
「魔力も並、接続能力もそれほどではないでしょう。どうやって試験を合格したんですか?」
「アラン、そう言う言い方はよくないね。あんたは若すぎて十六歳まで待ったタイプだ。あんたほどの才能のある人間はそうはいない。それは私が保証する。こっちはまあ、ギリギリ合格ってところだね」
「失礼じゃない?」
マリアがエチカを見上げた。
「十六で受かっただけでも十分さ。大抵は二十の後半でようやっとだ」
「先生は?」
「私は先生と呼ばれる年じゃないし、講義を持っているわけでもない」
「でもみんな言ってましたよ、この魔術師協会で一番強いならエチカ先生だって」
「強さね、強さで魔術師を計るもんじゃないよ。まあ、私も十六で合格したんだが」
「でしょ? 三人とも十六で受かったんだから難しくないじゃない、少なくとも私たちにとっては」
マリアは物怖じしないというか、誰とでも対等で話をしているみたいだ。
「それで、どうしたんですか?」
エチカがアランの正面の横に座って、正面にはマリアが座った。
「こいつは実技に関する試験はまあそこそこだが、筆記試験が前代未聞の満点だったんだよ」
「あのミリアム教授の隅を突くような問題を? 試験時間内に解いて?」
「あんなの簡単じゃない、覚えるだけでいいんだから」
「覚えるだけと言っても並大抵の量ではないはずだが……」
「そんなわけで面白そうなやつだろ? 魔術師としては未知数だが、魔術の研究者としては有望だ」
「かもしれない、ですね。それで拾ってきたんですか? 私みたいに?」
「あんたは私が先に手をつけたから私のものだが、この手のマリアみたいなタイプは人気がないからね、他の連中は血統だの魔力だの接続能力だの、どうでもいいことを重視するが、私たちに必要なのは純粋な知識欲だ」
「人気がないわけじゃないですけど!」
マリアが反論する。
「まあ、いいじゃないか」
「ということは、私と同じく師匠の弟子になるんですか?」
アランの言葉にエチカが頬杖をついて笑顔を作った。
「アラン、あんたが試験に受かって何年になる?」
「六年ですね」
「少しはやいとは思うが、そろそろ時期が来たな、そう思わないか?」
「どういうことですか?」
「マリアは私の弟子じゃない、あんたの弟子になるんだよ。どうやら顔見知りみたいだし、ちょうどいいじゃないか」
「え、え……?」
そこでアランが困惑の表情を浮かべる。マリアは満面の笑顔だ。
「弟子を取れば研究費も増える」
「それはエチカ師匠が弟子を取っても同じことではないですか?」
「それはそうだ。まあ、弟子がいれば国家魔術師としては色々と動きやすくなる。一人前とみなされるからね。あんたに不利益がある話じゃない」
「私は私のことと師匠の世話で手一杯で……」
「あんたの気持ちはわかるが、私は上の方の相手で忙しいから教えられる時間がない。それに、あんたも師匠を選ぶときの原則的なルールは知っているね」
「……師匠側の魔術師は拒否することができない」
「そういうこと、だ」
「例外は」
「弟子の人数が多すぎるときだけ。だからあんたには拒否権がないってわけだ」
「しかし……」
「魔術師は選択を重視する。マリアは魔術師としてあんたを師匠に選ぶという選択をした。それは尊重されるべきことだ、同じ魔術師ならわかるね」
「君が、私を? エチカ師匠ではなく?」
「そうよ」
マリアがなぜか偉そうに言った。
「……君が望むものは何だ?」
「望む、もの?」
「魔術師として為したいものを聞いている。本来なら聞くべきことではないかもしれないが、君が話せるなら私は聞いておきたい」
「私はね、みんなを幸せにしたいの」
「それはどういう意味で?」
「魔術師でも魔術師でなくても、どんな人でも、幸せを感じられるような、そんな世界にしたいの」
「一人の魔術師には過ぎた思いだ」
「そう? 一人が無理だって言うなら、たくさん味方を作ればいいじゃない。それじゃダメなの?」
「……わかった。承認の手続きを協会に出しておく」
「これからよろしくね、アラン師匠!」
根負けしたアランに本当に嬉しそうにマリアが返した。






