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「お兄様、お疲れ様です。ご健闘されていましたね」
俺はディリアンのもとへ行くと、そんなふうに声をかける。
そして、まだへたり込んでいる彼に手を差し出した。
「イーディス、ありがとう。だが、まだまだだ。ローレンス卿の足元にも……まったく及ばない。私は不甲斐ないな」
ディリアンは俺の手を借り立ち上がると、悔しそうな表情で言った。
以前とは違いまったく取り乱すことがない彼の様子に成長を感じ、感心してしまう。
すぐに苛立ち冷静さを欠いていたディリアンは、もういないのだろうな。
「……イーディス。この悔しさを癒してくれ」
ディリアンはそう言いながら、ぎゅうと俺に抱きついた。
「へ? うわっ! どうして抱きつくのです!」
な、な、な。一体なんなんだ!? 実兄に抱きつかれて喜ぶような趣味は俺にはないのだが!
「はぁ、癒されるな」
「いやいや。私を抱き締めて癒されるわけないでしょう」
深い息を吐きつつしみじみとつぶやくディリアンに、俺はツッコミを入れてしまう。
…… 昔は『イーディス』に八つ当たりをしていたディリアンが、こんなに妹べったりになるなんてなぁ。
過去のことに関して恨みがない……と言ったら嘘になる。だけど一緒に過ごす時間が長くなったこともあり、ディリアンへの情が湧きはじめているのも事実だ。
目の前で頑張っている姿を日々見ていれば、なおさらだな。イーディスが虐げられていたのは十八年もの間だったのに、我ながら甘いと思うが。
……それが俺の性格なのだから仕方ない。
「どさくさに紛れてなにをやってるんですか。ディリアン様のお傷は、私が癒して差し上げますよ」
ローレンスはつかつかとこちらにやって来ると、苛立った顔をしながらディリアンを俺から引き剥がす。そして、乱雑な所作で攻撃魔法をもろに受けた背中の治療をはじめた。
ディリアンの背中の傷はみるみるうちに治っていき、俺はそれを見て感心する。本当に見事な手際だな。
ローレンスは研鑽を積み、手足のように上位魔法を使えるようになるに至った。そんなローレンスが誇らしく……同時に今の自分が彼とどの程度やり合えるのか気になったりもする。
「ローレンス、俺とも一戦やらないか?」
気になる……の気持ちのままに、俺はそんなことを口にしていた。
「イーディス様と……ですか」
俺の言葉を聞いたローレンスは目を瞠ったあとに、露骨に嫌そうな顔になる。
「なんだ、不服か?」
「いえ。不服なのではなく心配なのです」
訊ねると、ローレンスは眉尻を下げながらそんなふうに返す。
──まぁ、気持ちはわかるが。
ローレンスは一度『俺』を喪っている。万が一にでも、もうそれを繰り返したくないという気持ちがあるのだろう。
「中位魔法程度なら、行使してもさほど問題ないのだろう? ……それではお前の相手は難しいかもしれないがな」
そう言ってから、俺はわざとらしくため息をついてみせた。
するとローレンスの顔は、焦りを含むものとなる。
「お前ほどの者を相手にする場合は、本当なら高位魔法を使って火力で攻めきったほうがいいんだが。この体じゃ、それができないからなぁ」
話しを続けながら俺はローレンスに近づき、彼を上目遣いに見た。するとローレンスの頬が、淡い朱に染まる。
……内心寒気がするが、ここは『イーディス』の容姿を活用させてもらおう。
そう、今の俺は絶世の美少女なのだから! 胸は平たく色気がまったくないので、好みは分かれるところだと思うけど!
少なくともローレンスには刺さっているようだし、活用するぞ!
「……そんな相手じゃ、お前がつまらないよな」
「そ、そんなことはありません! つまらないなどということは、決して!」
悲しそうに言いながらローレンスの胸にそっと手のひらを添えると、彼はぶんぶんと激しく首を横に振った。これはあとひと押しだなと、俺は内心ほくそ笑む。
「じゃあ、俺と戦ってくれるか?」
うるりと大きな瞳を潤ませながら訊ねれば、ローレンスの顔がさらに赤くなった。そして……。
「はい! もちろんです!」
彼は明らかに勢いのままという様子で、そう答えてしまったのだ。
「……は、いえ。その。今のは失言で」
ローレンスはすぐに『しまった』という顔になってごにょごにょと言い訳をする。そんな彼に、俺はにやりと笑ってみせた。
「はは、言質は取ったぞ」
「イーディス様……!」
「撤回はなしだぞ! 嘘つきは嫌いだからな!」
「ぐっ……!」
ローレンスは涙目で俺を見る。そんな顔をされても、『じゃあやめておく』だなんて言わないからな!
「陛下とローレンス卿の戦いが、この目で見られる……?」
俺とローレンスのやり取りを見ていたディリアンが、ぽつりとそんなふうにつぶやく。
ディリアンのほうへ視線を向けると、期待に満ちた目で見つめ返された。
「お兄様、一緒に修練を積みとっくにご存じでしょうが。今の私は……残念ながら昔の『俺』のように強くありません。がっかりさせるかもしれませんが、ご観戦されますか?」
この体は戦いには不向きだ。『獅子王』の戦いっぷりを期待すると、きっと肩透かしになってしまうだろう。
「見ない理由がない! ぜひに、観戦させてくれ!」
ディリアンは勢い込んだ様子で、そんなふうに告げる。
……そんなに期待されても、困るんだけどなぁ。




