リアナ・レッドグレイヴの苛立ち3
「……近頃。ディリアンお兄様が、こそこそとなにかしてるみたいねぇ」
居間で爪の手入れをしていたメリアンお姉様が、誰とはなしにぽつりと呟いた。
今日のメリアンお姉様は胸元が大きく開いた赤のドレスを身につけている。体のラインがくっきりと出るように作られたそのドレスは、品があるとは言い難いものの妖艶な雰囲気のお姉様にはよく似合っていた。
現在居間にいるのは、長女のメリアンお姉様、二女のエイプリルお姉様、そして三女のわたくしリアナである。
猫の耳がついた黒のフードを被ったエイプリルお姉様は、イーディスになんらかの呪いをかけようと水晶と向かい合って奮闘していらっしゃる。だけどその試みは上手くいかずに、水晶はピシリと音を立てて真っ二つに割れてしまった。真っ二つになった水晶を目にして、エイプリルお姉様は悔しそうにきゅっと唇を噛み締める。
「……ローレンス卿の結界に邪魔された。イーディスで新しい呪いの実験、したかったのに」
エイプリルお姉様は消え入るような声で言うと、がくりと大きく肩を落とした。
そう。最近のイーディスはローレンス卿が張った結界に守られている。
だから魔法や呪いの類は、こうして弾かれてしまうのだ。
これで何度目の呪いの失敗だったかしら。数々の失敗をしてもめげないエイプリルお姉様は、なかなかに執念深い。
……かくいうわたくしの監視魔法も、日々結界に弾かれている。
ローレンス卿の魔法をわたくしが破ることは難しいとわかっていても、やっぱり悔しいわね。
「それで、ディリアンお兄様がどうかしたの?」
メリアンお姉様の言葉が気になったので、詳細を訊ねてみる。すると彼女は派手な色の紅が引かれた唇の両端をにーっと引き上げて、意地悪を言う前によく見せる笑みを浮かべた。それを目にして、わたくしは嫌な予感を覚える。
「お兄様とローレンス卿が一緒にいるのを偶然見たのよ。こちらの気配に気づいたふたりに隠蔽魔法をかけられて、一瞬で撒かれてしまったけど」
「は……?」
メリアンお姉様の言葉に、わたくしは眉を顰める。
お兄様と……ローレンス卿が一緒にいた? あのふたりに親しい様子なんてなかったと思うのだけれど。
麗しのローレンス卿の御尊顔を思い浮かべるのと同時に、憎きイーディスの顔も思い浮かぶ。
思わず渋面になるわたくしをにやにや顔で眺めながら、メリアンお姉様は話を続けた。
「自身の立場を強固なものにするためにディリアンお兄様がローレンス卿と手を組んだ……なんてことだったら、面倒なことになるわね。主に、リアナが。私は跡目にはあまり興味がないから、別にいいのだけど」
メリアンお姉様のその言葉を聞いて、口から「は?」という鋭い声が自然に漏れていた。
……お兄様が、ローレンス卿と手を組む?
わたくしはローレンス卿とまともな話すら彼とできないのに、どうしてお兄様は彼と接触できるの?
ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるいわ!
お兄様も……いつもローレンス卿の側にいるイーディスもずるい!
どうしてわたくしばかり、彼に拒絶されるのよ!
「どうして、わたくしじゃないのよ! ローレンス卿は、どうしてお兄様と!」
「そりゃあねぇ。ほら、リアナはローレンス卿に好かれていないじゃ──きゃっ!」
ひどいことを言うメリアンお姉様に炎の魔法を放つと、彼女は悲鳴を上げつつも防護魔法の盾でそれを弾く。
……メリアンお姉様ったら、魔法の修練にちっとも興味がないくせに防護魔法がお上手ね。そのご自慢のお顔をこんがりと焼いてあげるつもりだったのに、残念だわ。
エイプリルお姉様はわたくしたちの諍いが起きるのと同時に、長椅子の陰にさっと身を隠している。こちらはこちらで、逃げ足が早いこと。
「ひどいわ、リアナ。姉に向かってこんなことをするなんて」
メリアンお姉様はそう言いながら、つんと唇を尖らせる。
「お姉様が悪いのよ。す、す、好かれてないなんて。そんなことを言うから……!」
「事実じゃないの」
「うるさい! うるさい!」
わたくしは叫びながら、炎の矢をメリアンお姉様に数発打ち込む。
だけどその矢はメリアンお姉様と……エイプリルお姉様の防護魔法によって消失してしまった。
「メリアンお姉様も、リアナも落ち着いて。ケンカは、よくない」
エイプリルお姉様はぼそぼそとそんなふうに言うと、メリアンお姉様の側に立つ。メリアンお姉様はそんなエイプリルお姉様の肩を、嬉しそうに抱いた。
なによ! ケンカを売ってきたのは、メリアンお姉様なのに……!
「だけど、ディリアンお兄様も考えたわね。獅子王陛下亡き今、王国一の魔術師となったローレンス卿に取り入ることで自身の足場を固めようとするなんて。お兄様は頭はいいけど、そういう政治的なことは苦手だと思っていたのに……」
メリアンお姉様は懲りずに、ぺらぺらとこちらに話しかけてくる。
その内容を耳にして、わたくしは不快感から眉間に深い皺を寄せた。同時に、はっとさせられる。
……そっか。自身の力で次期当主の座を手に入れることしか考えていなかったけれど、そんな方法もあるのね。
目から鱗が落ちるのと同時に、お兄様に出し抜かれた悔しさではらわたが煮え繰り返りそうになる。
「私も含めてほかの子どもたちは政治が下手だから、そういうところがお父様に評価されたりして」
「……メリアンお姉様。私は、そんなことはない」
「エイプリルは呪いを使った脅迫がとても上手だけれど、それは政治とはちょっと違うかもしれないわねぇ」
不服そうな顔をするエイプリルお姉様の頭を、メリアンお姉様が優しく撫でる。
するとエイプリルお姉様は、陽だまりにいる猫みたいに気持ちよさそうに目を細めた。
「……次代の当主になるのは、案外ディリアンお兄様かもしれないわね」
メリアンお姉様はそう言うと、楽しそうにうふふと笑う。
そんなの……わたくしが許すわけないでしょう。
そもそもの話。レッドグレイヴ公爵家の当主の座は、一族の中でもっとも魔力が強い人間に譲られてきたのよ。それが代々の方法なの。卑怯な方法でその伝統に逆らおうなんて、絶対に許さないんだから!
──見てなさい。お兄様をたっぷりと痛めつけて、当主になる気なんてなくさせてやるわ!




