第五王子の日記
僕……第五王子エドゥアールの婚約者であるイーディス嬢は少々変わっているがとても綺麗なご令嬢だ。
……そして、かなり不幸な人生を送っていた。
とはいえ、イーディス嬢は僕が守ってあげないとという種類の少女ではない。
恐ろしくなるくらいの魔力を持ち強力な魔法を操る……あれは鬼才と呼ばれるべき存在なのだろう。
イーディス嬢は頭の回転も早く、まるで一人前の大人みたいな口を利く。僕なんて、彼女からするとただの子どものように見えているのだろう。それが悔しくてたまらない。
イーディス嬢はいずれ冒険の旅に出るつもりだと言っていた。そして、その旅に僕を連れて行ってくれるつもりはないらしい。悲しいことだが、僕のことなんて彼女の眼中にはないのだ。
──僕のことを簡単に捨てられると思うなよ。
絶対に絶対にイーディス嬢の冒険の旅について行ってやる。恋する男の執念を舐めてもらっては困るのだ。
まったく重視されていない第五王子の僕が出奔したとて、誰も気にしないだろうしな。悲しいことだが、これは事実だ。
鍛錬を積み、イーディス嬢の旅について行っても邪魔にならないようにならなければ。
僕は腐っても王族だ。今は亡き獅子王陛下と同じ血が、この身にも流れているのだ。鍛錬を真面目にすれば、きっと……眠っている才能が開花してくれるはず。
そんな執念を燃やす僕は、日々を魔法と剣の鍛錬に費やすようになった。
……誰もが皆、急に鍛錬に励みだした僕のことを馬鹿にした。
それがもっとも顕著だったのは、すぐ上の兄である第四王子ドノバンである。
僕とドノバンは、側室の息子だ。僕の母は子爵家、ドノバンの母は男爵家とどちらも心許ない出自の側室の息子たちである。
そんな僕らの立場の差は、どんぐりの背比べのようなものだったと思う。
しかし僕が『魔力なしのイーディス』とはいえレッドグレイヴ公爵家の娘と婚約したことにより、立場の差は大きなものとなってしまったのだ。
似た立場で、どちらも優れたところがない。その上ふたりとも癇癪持ちで性格も悪い。
僕は太りすぎていることで馬鹿にされているが、ドノバンは痩せすぎた貧相な体ゆえに馬鹿にされている。僕たちはそんな似た者同士と言えた。
だからなおさら……イーディス嬢との婚約は、ドノバンの敵対心にいらぬ火をつけたのだろう。
「今日も訓練か、エドゥアール。無駄なことをするものだ」
その日も訓練場で教師に剣を教わっていると、ドノバンから声をかけられた。
……たしか、彼と会うのは三週間ぶりだろうか。
王宮の僕たちの住んでいる区画は離れており、こうしてわざわざ会いに来ない限りは顔を合わせることなんて滅多にない。ドノバンはよほど暇らしいな。
「ドノバン兄上。一体なにをしにいらしたのです?」
そう言いながら振り向くと……。ドノバンは妙な顔をしてこちらを見ていた。
「お前、本当にエドゥアールか?」
「僕は僕以外の、何者でもありませんが」
「いや、あの蓄えていた脂肪はどこに……」
ドノバンは青い顔をして、そうつぶやく。
毎日剣を振り、同時に魔法の訓練に励んでいるうちに、僕の体からは少しずつ脂肪が減っていった。しかし、容姿の変化なんてどうでもいい。
──僕の力はイーディス嬢の足元にも及ばない。
容姿の変貌を気にすることより、そちらを気にすることのほうが大事だ。
「脂肪など訓練を続けていたら自然に消えていきます。用事がないのでしたら、訓練を続けさせていただきます」
僕はそう告げてから、教師と向き直る。
ドノバンが背後でなにか叫んでいるような気がしたが、教師に向けて駆け出した僕がそれを聞き取ることはなかった。




