episode.132 一人ではない
どうすればいい? どうやって戦えばいい?いや、そもそも、私一人で戦うことなんてできるのか。相手がそれほど強くないのであれば何とかなるかもしれないけれど、敵は恐らく最強だ。その敵を自分一人で?それはかなり難しい。だからといって逃げるわけにもいかないし逃げられもしないのだけれど。
刹那、上から黒いとろみのあるもやが降り注いできた。取り敢えず手鏡の鏡面をかざす。すると黒いとろみのあるもやは手鏡を避けるような動きをして床に落ちた。
やはり手鏡には黒いものを避ける力がある……。
それは確かなことだ。
これを使って戦う?
でもそんなことができる?
そんなことを思っていると、クイーンズキャッスル上空を覆っていた黒っぽいところから一体の人のような形をした何かが飛び出してきた。
「っ!?」
それは一気に接近してくる。そして蹴りを繰り出してきた。咄嗟に両手を前に出したため膜が発生し足を防ぐことはできた。が、その威力を殺しきることはできず。衝撃は両腕に深く伝わってくる。骨がびりびりと痺れるような感覚があった。
そこへさらに来る蹴り。
今度はまともに脇腹に食らってしまった。
「……ッ」
一瞬息ができなくなってしまって、息混じりの変な声が小さく漏れた。
しかも、蹴りの勢いを殺せる要素がなかったために斜め後ろに身体が吹き飛んでしまった。
地面に身体が落ちる。
肩に痛みが走った。
地面で打った痛みというのは確かにあるのだが、それ以上に味方がいない孤独さに心が折れそうになる。そこまで強く打っていないはずの肩がこんなに痛いのもきっと味方がいないからだろう。味方がいてくれれば、誰か一人でも傍にいてくれれば、きっと少しはましだったはず。
けれども敵は躊躇してくれない。
人のような形をした黒いそれはさらなる攻撃を仕掛けてくる――立ち上がれず地面に座っていたところ、さらに蹴られてしまった。
――最悪だ。
唯一の武器とも言える手鏡も手から離れてしまったし、身体は痛いし、もう良いところはまったくない。
いや、最悪なんていうのはもっと凄まじいもので、こんなくらいはまだ可愛らしい程度なのかもしれないが。ただ、それでも、どうしてもそんな風に思ってしまう部分はあって。救いを見つけ出すのは簡単でない。
「まだ抵抗するツモリなのかしら? だとしたらアナタ、救いヨウガないくらい愚かね。抵抗さえやめれば楽にナレルっていうのに……」
私を馬鹿にしたようなヨクの声が響く。
「無謀な戦いを挑むのは愚者がすることよ。決して勇者なんてモノデハないわ。敗北が分かった戦いに挑むなんて、恥ずかしいことなのよ」
「…………」
「アナタはどうして負けると分かってイナガラ戦おうとするのかしら? 愚かだから? 強いと勘違いしているということはサスガにないでしょうけど……どうしてまだ諦めないのかしら」
すぐには言葉を返せなかった。
彼が言おうとしていることも意味は分かる。そして、その言葉もまた、完全に間違っているとは思わない。実力差が大きいのに、勝てないのに、向かっていくのは愚か。それもまた一つの考えだろう。
まだ立ち上がれないでいると、黒い人のような形をした何かが歩いて迫ってきた。そしてやがてその片手が私の首に触れる。手は首を掴み、私の身体を宙へ引っ張り上げる。足がぎりぎりつくかつかないかくらいの位置で固定される。首を掴まれぶら下げられる、というのは、何とも言えない気分だ。
「もういい加減諦めなさいよ」
ヨクの声がまた響いた。
「アナタに勝ち目はないわ」
首を掴む手に力が加わったような感覚があって、それから息苦しさを感じた。けれどもどうしようもない。足の裏が地に着かない体勢では反撃は難しい。それに、唯一の武器であった手鏡も手から離れてしまった。これでは何もできないではないか。
本当に、諦めるしかないの?
結局私には何もできない?
このままくたばるしかないの?
「黙り込んで時間稼ぎシテイルのなら無駄よ」
「……っ」
「今ここにはアタチの力の一部を使ってシールドが張られているわ。だから誰も入れない。シールドを破壊できる者なんていないわよ。……時間稼ぎをしても誰も来ないのよ」
ヨクは淡々とした調子ながら言葉を並べ続ける。
まるで私の心を闇へ誘うかのように。
「それに、ね。もし万が一シールドが破られたとしてもその瞬間にアナタの首を絞めるだけよ。だから救いナンテないのよ」
そうかもしれない……。
もしかしたら……。
「そうよ、大人しくシテ、抵抗しようとせず……」
諦めかけた。
刹那。
私の首を掴む敵の背後で何か凄い音が響いた。どぉん、という、空気が揺れるような深い音。その音が耳に入ったことで薄れかけていた意識がはっきりとなる。
しかし……爆発?
一体何が!?
そんな風に思っていると。
人のような形をした黒い敵に後ろから何者かが駆け寄るのが見えた。それと同時に首が絞まる。死ぬかと思うほど苦しくなる、けれど、次の瞬間には身体が地面に落ちた。人のような形をした黒い敵は背後から近づく何者かに殴られたようだった。
その数秒後、盾のプリンスが視界に入った。
「……プリンスさん!?」
思わず叫ぶ。
そこへ駆け寄ってくる盾のプリンス。
「待たせてすまない」
「どうして……」
「言っただろう、すぐに行くと。……あ、しかし、かなり時間がかかってしまったことは事実だが……それに関しては、申し訳ない」
盾のプリンスはまだ立てない私の傍まで来てしゃがみ込む。
「もう大丈夫」
彼はこちらを見つめて微かに笑みを浮かべる。
「君は一人ではないから、安心してほしい」




