episode.130 負けはない、頑なに
「これでもうおしまいよ」
ヨクの喉もとに剣先をあてがっている剣のプリンセスは冷ややかに言い放つ。
「さよなら」
剣のプリンセスは柄を握る手に力を加え、ほんの僅かな間の後に、ヨクの首を断ち切った。
首を斬られたヨクは、まるで突然人形になったかのように脱力してその場に倒れ込む。それはもう動かない。指一本さえも動かなくなり、声も発することはなくなった。
「終わ、った……?」
あまりに呆気ない静まり方、これにはさすがに剣のプリンセスも戸惑う。彼女はまだ剣先をヨクだったそれに向けている。表情も柔らかくはなっていない。
刹那、倒れたヨクだった身体から黒いもやのようなものが噴き出した。
倒れている肉体はあっという間にその黒いもやのようなものに包まれ見えなくなった。
「アタチに負けはないわ」
どこからともなく響く声、それはヨクの声だ。
「アタチを本気で怒らせたらどうなるか……教えてほしいみたいね!!」
野太い声が響く。
室内の空気がばりばりと揺れた。
ヨクの身から発生した黒いもやのようなものは凄まじい勢いで増殖に大きくなってゆく。それこそ部屋を満たしきりそうなほどの勢いで大きくなって、プリンセスらの視界を埋め尽くしてゆく。
「ほええ……怖いですー……」
「何なの、これは……」
愛のプリンセスは怯えたような顔をし、森のプリンセスは不快そうに眉をひそめる。
「何も見えねー」
「何が起きてるのよ!?」
海のプリンスと剣のプリンセスは、それぞれ、思いを真っ直ぐにこぼす。
誰もが何が起こっているのか掴めていない。しかし、誰もが、何かとんでもないことが起ころうとしていることには気づいている。すべてを把握できている者はその場にはいないが、広がりゆく黒いもやのようなものが良いものでないことは誰の目にも明らかだ。
アオは怖がり森のプリンセスの背中にしがみつく。
「アナタたちなんかにアタチはとめられないわ!! 本当の戦いはここからよ!!」
ヨクの声が叫ぶ。
その直後、部屋を満たしていた黒いものは、窓を突き破ってどこかへと飛んでいった。
「ちょっ……何これどうなったの?」
剣のプリンセスは戸惑いを隠すことなくこぼす。
ヨクの部屋にぽつんと残されたプリンセスらは互いに顔を見合わせて困惑の色を共有する。
「取り敢えず……部屋から出てみましょうかー」
「いいのかよ?」
「ここにいても仕方ないでしょうー?」
「けど、さ。出たらまた雑魚どもと戦うことになるだろ? だりーよ。休みてー」
「ごちゃごちゃ言わないの」
プリンセスらがヨクの部屋から出ると、そこは大変騒々しくなっていた。
平常時に灯っているライトは消え薄暗くなった通路で、赤いライトだけが光る。そんな視界の悪い道を、慌てた様子で複数の青髪女性が駆けてゆく。彼女らはプリンセスらへの対処を優先事項としていないようで、侵入者であるプリンセスを見ても特に反応しない。それぞれがあっちへ行きこっちへ行きして忙しく働いている。
「どうやらあまり認識されていないみたいねー」
「はい、そのようです。速やかにキャッスルへ帰還することを推奨します」
「アオちゃん?」
「キャッスルへ戻りましょう」
「……そうね。ここにいてもヨクはいないものね。じゃ、そうしましょうー。認識されていない今なら脱出しやすいわー」
プリンセスらは基地からの脱出を決める。
キャッスルへ戻る道の途中、活発に動き回り働く青髪女性らを見た森のプリンセスは「彼女たちを集めてハーレムでも作りたいわねー」と冗談めかしつつ呟いていた。
◆
クイーンズキャッスルは安全。そう思っていた。が、今、ここは凄まじい震動に見舞われている。身体が飛んでいってしまうほどの大きな揺れではないものの、立っていては転倒してしまいそうなくらいには揺れていて、先ほどからずっとしゃがみ込むようにして体勢を保っている。ちなみにそうしているのは私だけではない。共にクイーンズキャッスルにいるミクニも同じようにしている。
「これは……何なの?」
怪訝な顔をするミクニ。
「地震……でしょうか……? しかし……ここでそんなことが起こるとは思えませんが……」
そう返した、次の瞬間、座付近に置いていたティアラが発光し始めた。
それまではただそこに置かれているだけだったのに今は白い光を放っている。
私はしゃがむような体勢のまま少しずつ移動して座の方へ向かう。そして片手は床についたままもう一方の腕を限界まで伸ばし、白く輝くティアラを掴んだ。すると触れたところからより強い白色の光が放たれて。思わず数秒目を閉じてしまった、が、再び目を開けるとティアラは手鏡になっていた。
「え」
私が掴んだのはティアラだったはずなのにいざ掴めたと思ったら手鏡に変わっているなんて……。
しかしそのことだけに気を取られている間は与えられず。
「何か来るわ!」
ミクニの叫びに面を上向ける。
そして見た。
迫り来る禍々しい黒い存在を。
まだかなり距離がある。けれども肌がひりつく、迫り来るそれはただものではないと証明しているかのように。それが何者なのかは分からないが、それでも、得たいの知れないそれに対して恐怖を感じる部分はある。
その数秒後、クイーンズキャッスルは漆黒に染まった。
「アタチは負けない……絶対に……失敗も、敗北も、アタチの道には必要ない……」
響いてくるのはいつか聞いたことのある声。
「アタチは最強! これまでもズットそうだったように! アタチは誰よりも強い! 絶対に、絶対に、負けたりしない! たとえ高い壁があろうとも……アタチはそのすべてを叩き壊して……」
そう――ヨクの声だ。
「最後には勝者となるのよ!!」
気づけば上空に巨大なヨクの顔面ができていた。
大きな風船が浮かんでいるかのようだ。




