世界の終わりを前にして
わたしは、神官や、わたしに仕えてくれたアイルに改めて御礼を告げた。
その時、あえて、二人には「別れの言葉」を口にはしなかった。
この身体から「宮本陽菜」の意識が消えても、「ラシアレス」という存在は残る気がしたから。
神官はいつものように微笑み、アイルには何故か……、泣かれてしまった。
自分などに礼を言ってはいけない、と。
アイルは……「闇陽の日」に何が起こるのかを知っていたらしい。
そして、各大陸から選ばれた神子たちが、神に捧げられる生贄だったということも。
それは人間の身には栄誉あることで、全てを承知でわたしが「神子」として生活していたと思っていたそうだ。
だが、それは間違いだったと、ボロボロになったわたしの状態や衣服を見て気付いたらしい。
明らかに激しい抵抗の後。
そして、「アルズヴェール」に護られるように眠っていた「ラシアレス」の姿を見て、女性として、耐えがたき傷を負ったことを知ったそうだ。
泣きながら謝られたことで、彼女自身も「主人に対する負い目」と言う名の傷を負ったことを知った。
だから……「気にしないで、これからもよろしく」とわたしは口にした。
その時にはもう、「ラシアレス」の中身は変わってしまうのだろうけど。
****
「ハルナは……、どんなことを書いた?」
全ての挨拶が終わった頃。
タイミングを見計らったように、金髪美女がわたしの部屋に訪れた。
そして、どこか嬉しそうにそう尋ねてきたのだった。
「どんなって……普通?」
未来の原作主人公へのメッセージ。
原作を知らないわたしにはかなりハードルが高いものだった。
相手がどんな人間かも分からない。
だから、無難な言葉にしたのだ。
「『これを見る未来の貴方へ、道は険しくても必ず光は見えるから頑張れ』……みたいな?」
わたしがそう言うと、ヒカルは目を丸くした。
「ハルナは……、原作を読んでいないんだよな?」
「勿論、読んでないよ?」
でも……、こんな世界の未来に生まれるのだ。
なんとなく、苦労をしそうだということぐらいは分かる。
この世界の神様ってかなり性格が悪……いや、歪……違う、人間に試練を与えることが好きなようだから。
「でも、主人公と言うからには困難があるのでしょう?」
それなら、必要なのは許容、容認……もしくは励ましだと思っただけ。
「そうか……」
そう言ってヒカルは優しく笑った。
それにもう一つ、理由がある。
なんとなく、彼の名前を残したかったのだ。
彼の名前「ヒカル」の漢字について、実は、確認したことはないし、教えてもらったこともない。
もしかしたら、昨今流行りのキラキラネームと呼ばれるものだったら流石に引いてしまう気がして、なんとなく聞くことができなかったのだ。
「主人公に『光』を送ったんだな。それは、喜ぶだろう」
なんとなく、その言葉と表情に、腹立つものを感じるのはわたしだけだろうか?
いや、確かに彼から「好き」だと言われたし、わたしからも言ったのだけど、彼とは恋人になったわけではない。
だから、こんな気持ちを抱くのは間違いだと思うのだけど……。
「その顔……。妬いたか?」
「……妬いたよ」
そんな風に嬉しそうに確認しないでほしい。
揶揄われていると分かっているのに、妙に腹が立ってしまうではないか。
「素直だな、ハルナは……」
そう言って、わたしの頭にポンっと手を置いた。
なんとなく子ども扱いされた気がする。
でも、今のわたしの外見なら仕方ないか。
わたしの身体、この「ラシアレス」という神子は、20歳も目前だというのに、相も変わらず幼い顔立ちのままだった。
……もしかして、この男は外見が幼い女の子が好みだったらどうしよう?
しかも、「ラシアレス」は、この幼い外見に加え、「すくみこ! 」中、二番目に胸が大きいのだ。
散々、「原作者の願望」とか、「原作主人公の復讐」とか言われていた気がするぐらいに。
現実の「宮本陽菜」は基本的に身長も体型も顔も並である。
元の世界に戻った後、彼と会えるかどうかは分からないけれど……、万一、会えたら、幻滅される可能性はある。
それはちょっと嫌だな……。
「ひ、ヒカルは……、なんて、書いたの?」
誤魔化すように話題を変えた。
「オレ?」
「なんか、迷っていたみたいだけど」
彼は本当に悩んでいたのだ。
未来の主人公にメッセージが届くかどうか分からないからだろうか?
「ああ、かっこつけてイタリア語で書こうかと思ったのだけど、ちょっと思い出せなくて……、結局、英語にした」
「い、イタリア語?」
わたし、思いっきり日本語で書いちゃったけど……。
「気分的な問題だな。ああ、原作主人公は6大陸プラス日本語の言語マスターだ。日本語でも問題ない」
「6大陸!?」
その全てを覚えているの?
「ああ、原作の大陸は言語が元の世界ほど多くないんだよ。有名なのが6つとそれ以外が……、まあ、いくつか?」
それでも、少なくとも7種類の言語を知っているというのは……、かなりの才女だと思う。
凄いな、原作主人公。
「でも、なんでイタリア語?」
「原作主人公は、日本語の次に、イタリア語に馴染みがある設定なんだよ」
「英語でもドイツ語でもなくイタリア語って珍しいね」
「英語はともかく、なんでドイツ語なんだ?」
「なんとなく?」
ラノベ好きな人たちってドイツ語好きが多い気がするのは気のせい?
わたしの周りだけ?
「でも、まさか……こんな世界に来ると思っていなかったからな。うろ覚えのイタリア語よりは、覚えていた英語を書いたんだ。ヤツらに気付かれたくはなかったから、こっそりと書いたけどな」
彼の言う「ヤツら」は他の神子たちのことだろう。
でも、彼が何を書いても、彼女たちは気にしないと思うのだけど。
自分たちのメッセージを書くことに集中していたみたいだし。
「それで……、なんて、書いたの?」
「――――――」
「へ?」
声が小さくて、聞き取り辛かったので、思わず聞き返した。
「聞き返すなよ」
「聞こえなかったんだよ」
「間違えたかと思ったじゃねえか」
「間違えても、わたしには分からないよ」
英語はそこまで得意ではない。
「『Fortune favors the brave.』って言ってたんだよ」
「フォーチュン、フェイ……?」
思ったより綺麗な発音でビックリした。
それも、早口だったし……。
でも、顔を紅くした彼がもう一度言ってくれるとは思えなかったし、聞き取れる気もしなかった。
「意味は?」
「原作に何度か出てくる言葉だし、これ自体が壮大なネタバレになる。もし、ハルナが少しでも原作を読む気になっているなら……、この場で日本語訳は言わない」
「原作を読む気はあるのだけど、…………既に、いろいろネタバレている件について」
「おおう!?」
聞き取れなかったことを幸いと思うしかない。
わたしはいつか、彼が口にしたその言葉を文字で見るのだろう。
その時にしっかり覚えようと思う。
****
その後にも、いろいろと彼と話をした。
これまでの様々な出来事、思い出が主だったと思う。
楽しかったことや辛かったことを含めていろいろとあった。
長いようで、あっという間に過ぎ去った4年と数ヶ月。
そのほとんどに思い出の中に彼の姿がある。
それが、嬉しくもあり、淋しくもあった。
このまま眠り、目が覚めた時には……、もうこの世界にはいない可能性が高い。
今のこの状態は、神様からのご褒美であり、本当ならないはずのボーナスステージのようなものだ。
だから、いっぱい話した。
これからのことの不安には目をつむって……、できるだけ眠りに落ちないようにいっぱい話をした。
時々、抱き合ったり、キスしたりもしたけれど……、それでも……。
―――― ぶぉんっ
唐突に、始まった世界は、同じように終わりを告げる。
わたしの頭にどこか機械的な音が聞こえたかと思うと……、強制的に視界が真っ暗になった。
そして――――。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




