神子たちは受け入れる
「エンディング後の『神子』たちねえ……」
アルズヴェールの疑問に対して、最初に口を開いたのは、シルヴィクルだった。
「『すくみこ! 』のゲーム通りなら、エンディング時に選択肢は与えられるはずよ」
「選択肢とは?」
ゲーム内容を知らないアルズヴェールは確認する。
そう言えば、わたしは彼に対してエンディングの話をした記憶がなかった。
今にして思えば、無意識に「終わり」を避けていた可能性はある。
「えっと確か~、『このままここで生活したい』、『神様と共に生きたい』、『家族の元へ帰りたい』、『もう少し考えたい』の順番で、『はい』、『いいえ』を選ぶの。あ、『もう少し考えたい』を選ぶと、最初の『このままここで生活したい』に戻る形だったはず」
答えたのは、トルシアだった。
そして、その内容はわたしの記憶とも一致している。
「私は……『家族の元へ帰りたい』……かなあ……。美形は十分、堪能したからそろそろあの平凡な顔立ちの旦那が恋しい」
キャナリダはそう言った。
「そうは言っても帰れるかしら? 私、『トルシア』の家族の元に還されても困るわ。『トルシア』の家族って、私にとっては他人だもの」
意外にもトルシアはそう言った。
それは、最初にわたしも考えたことだ。
その選択肢を選べば、「ラシアレス」は家族の元へ戻されるだろう。
でも、私の心が入ったままだったら?
「そんなに迷わなくても、私たちが、元の世界を願えば良いだけでしょう?」
キャナリダは不思議そうにそう返す。
「「え? 」」
その言葉に反応したのはトルシアとシルヴィクルだった。
「ゲームと違って、ちゃんと自分の言葉を告げられるのよ? だから、私は『元の身体に還して』って頼むつもりだけど」
その発想はなかった。
確かにこの世界はゲームに似ているけど、実際は違う。
わたしたちは選択肢から選ぶのではなくて、自分の意思で願いを告げられるのだ。
「た、確かに最初にそう言っていたわね。『褒賞として、どんな願いでも一つだけ叶えよう』って」
シルヴィクルも思い出したように呟く。
確かに、案内人であるディアグツォープ様は創造神の御言葉として、そんなことを言っていた。
つまり……、それは、元の世界に戻ると願っても良いってこと?
わたしが、そう考えて、アルズヴェールに目を向けると……、彼と目が合った。
だが、何故か目を逸らされる。
「ああ、でもそうなると……、この面子で顔を合わせるのも、これが最後ってことになるのか」
そんなトルシアの言葉で……、わたしはゾッとした。
これが最後……?
もう一度、アルズヴェールに目を向けると……、彼も、同じようにこちらを見ていた。
ああ、今、わたしは彼と同じ顔をしているかもしれない。
どこか淋しそうな……、何かを諦めきれないようなそんな複雑な顔を……。
不意に、扉が叩かれる。
入ってきたのは、最後の1人……、マルカンデだった。
見るからに憔悴していて、顔色が悪い。
「ま、マルカンデ……?」
躊躇いがちに声をかけたのは、近くにいたキャナリダだった。
でも、その声に応えずに……、マルカンデは無言で指定の席に座る。
そして……。
「もう……、エンディングですよね?」
そう言いながら、円卓に鋭い瞳を向けた。
その鬼気迫る迫力に……、思わず、ゴクリと何かを飲み込む。
「わ、分からないよ」
キャナリダはどもりながらも気丈に返答した。
「分からない?」
「私たちだって、なんで、呼び出されたのか知らないんだもん」
キャナリダの台詞に、トルシアもシルヴィクルも頷いた。
「そう……」
そんな一言を呟いて……、マルカンデはそのまま円卓に伏す。
「何か……、あったのですか?」
アルズヴェールが静かに口を開いた。
「ありました」
マルカンデは小さな声を零す。
「私……、この世界に来ることができて、本当に嬉しかったのです。だって、あの汚くて、嫌な世界から逃げられたのですから。でも……、この世界も、私には優しくなかった。いいえ、もっと酷かった」
その言葉は……、大きくはない声なのに、静かな部屋に響いてく。
「ゲームの世界は綺麗な恋愛しか教えてくれなかった。でも……、私たちプレイヤーが知らなかっただけで、『みこ』は……、あんなに痛くて酷い目に遭っていたのですね」
誰かが……、息を呑む声がした。
「リオス様は、アレが『神子』の務めだと言われました。穢れなき『神子』がここに呼び出された本当の理由だと。神と交わり、孕んで、子を生せと。そうすれば……、世界は救われる。人類の未来の存続が約束されると……」
その声はいつしか震えていた。
「そんなことを言われたら、拒めるわけがないじゃないですか!!」
それは血を吐くような叫び。
あの時のわたしの迷いと……、本来ならわたしにも起こったはずの未来の。
だけど……、気付く。
円卓の下で……、アルズヴェールがわたしの手を握ってくれたのだ。
そして、こんな状況でも、彼は真っすぐ前を向いて口を開こうとする。
「拒む権利はあったよ」
だが、アルズヴェールよりも先に意外な人物が言葉を発した。
「「「「「「え!? 」」」」」」
聞き返したのはわたしを含めた6人の声。
「神は選択を迫ったはずだ。受け入れるか。拒むか。だから、私は受け入れなかった」
銀色の髪の「神子」は静かに続ける。
「受け入れたのは、貴女自身じゃないの? マルカンデ」
その声は静かではあるが、低く鋭かった。
「受け入れないって……、そんなことが……」
「確かに受け入れた『神子』は人類を護るためと思っただろうね。でも……、そんな確約はされていない。それに、『神子』たちが受け入れた結果を……、その未来を、『神子』たちはある程度、知っているでしょう?」
その言葉で……、周囲の神子たちも息を呑んだ。
「リアンズは受け入れなかったって言うけど……」
トルシアはその真意を確認しようとする。
「私が……、受け入れた方が良いと思う? 私の担当は、あの闇の大陸だよ?」
「「「………あ~」」」
リアンズの言葉に対して、トルシア、マルカンデ、シルヴィクルが何故か同時に同じような反応をした。
どうやら……、原作の話ってこと?
「や、闇の大陸って……、後のあの場所のことよね?」
「そうそう! あの場所。主人公たちが酷い目にあって……」
「しかも……、その原因が……」
やはり、原作のことらしい。
原作読者たちが、それぞれ楽しそうに話し合っている。
時折、楽しそうな悲鳴があがったり、大袈裟な反応があったりしてまるで……、学生時代のノリだった。
そして、なんとなく、横を見ると……、火の神子「アルズヴェール」が、話に混ざりたそうにしている。
そうだよね。
ここは同好の士が集まるところだ。
そして、趣味の仲間が集まって語れる場所って貴重で、稀少で、とても大切な時間だからね。
……こうなれば……、わたしも、原作を読むべきか?
「じゃあ……、受け入れなくても良かったの?」
マルカンデが呆然としている。
「それを決めるのは貴女でしょう? マルカンデ。貴女の担当は『地の大陸』。そこに来るべき未来はどうだった?」
「地……、法力国家……の未来……」
そう言って……、マルカンデは自分のお腹を撫でる。
「もしかしたら……、ここに……、あの御方が……?」
へ?
あの「御方」……?
「そうね……。貴女が好きだった人が……、婚約者よりも身内を溺愛する人ならば……、気の遠くなるほどの未来に現れることもあるんじゃないの?」
「きゃああああああああああっ!!」
リアンズの言葉に、マルカンデは何故か絶叫した。
「ど、どうしたの!?」
その叫びに思わず、わたしは声をかけてしまった。
「だ、だって……、……様が……この中に……」
「へ?」
マルカンデの言葉は、多分……人の名前なのだと思うけど、よく聞き取れなかった。
でも、先ほどまで蒼い顔をしていたのに、今度は顔を真っ赤にしている。
しかも、ちょっと嬉しそう。
何故!?
「言われてみれば……、この子は、未来の情報国家の国王陛下!?」
「空ってことは……、機械国家か~。極端なイメージしかない。良いな~、情報国家。あの面倒な美形たちの巣窟」
「私なんて、子沢山国家よ? シルヴィクルさん、あんな良い男たちを独り占めなんてズルすぎる!!」
シルヴィクルとキャナリダ、トルシアも今度はそんなことで騒ぎ出した。
「え……と……?」
わたしは……、アルズヴェールを見る。
彼は、困ったような顔をしながら、近づけて……。
「オレは、理想の女より、ハルナを選んだからな」
わたしの耳元でそう囁いた。
つまりは……、これも、原作の話らしい。
先ほどよりは、明るく、楽しいというよりも、激しい話へ盛り上がったことは分かったけど……、わたしだけは入れない。
原作を知った上で、その道を選んだリアンズとは違うのだ。
だけど……。
「風の神子は……、この先、型に嵌らない子を産む」
「え?」
リアンズの言葉にわたしは振り返ったが、彼女は既に背を見せていた。
「リア……」
わたしが声をかけようとしたが……。
『お待たせいたしました』
そんな言葉と同時に円卓が光り出し……、全ては白い世界に飲み込まれてしまったのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




